フォトグラファー武藤奈緒美の「みる」日々 連載シリーズ

念願の帰省

こんにちは。フォトグラファーのむーちょこと、武藤奈緒美です。

 

久しぶりに帰省をしてきました。

去年3月にたまたま地元で取材があった足で一泊して以来、新型コロナウィルス感染症の流行に妨げられ、足を遠ざけざるを得なかった実家です。上野駅から特急電車に乗って90分でたどり着く、日帰りもできる距離にある場所が、やたらと遠く感じたこの1年7ヶ月でした。

 

父が町内会の班長をやっており、近所の手前もあるからと帰省に待ったがかかっていたのですが、私自身は二度目のワクチン接種を8月に済ませ、10月に入って東京の緊急事態が解除になり、都内の感染状況もだいぶ落ち着いたことで、ようやく父から「近いうちに帰ってきたら」とメールをもらい、待ち望んだ帰省が叶いました。

 

上京して28年。東京で暮らしてきた時間が実家で過ごした時間を越えて久しくなりましたが、こんなに長い期間帰省しなかったのは初めてのことです。

電話でのやりとりはしていたので、変わりなく元気に過ごしていることやワクチン接種の副反応が全くなかったことなども確認していましたが、両親は70代後半、こんなに逢わないでいたら次に逢ったときに一気に老いが進んだように感じるんじゃないか。そのことが最も不安でした。

ですが、それは杞憂で済みました。

帰ると伝えた日、昼頃には地元の駅に到着し、駅前に広がる太平洋を眺め写真を撮るつもりでいました。ですがまさかの予定していなかった仕事が飛び込み、それが結構難航し、駅に着いたときは日が落ちて真っ暗。太平洋の存在を波の音だけで感じ、「ただいま」と実家の玄関に着いたときはすでに晩ご飯の時間帯でした。

居間の煌々としたあかり下で久しぶりに顔を合わせた両親は、世間的に言えばじいちゃんばあちゃんと呼ばれてもおかしくない年齢ですが、そう呼ぶのはしのびないくらいには若く見える去年春に逢ったときと変わらない様子で、ようやく私に安堵の気持ちが訪れました。

 

両親も弟も下戸で、私は多少呑めはするものの実家では呑まないため、アルコールが並ばない実家の晩ご飯は早々に終わります。後片付けのために父がさっさと腰を上げ(いつの頃からか食事の後片付けは父が担うようになっていました)、母がお茶をいれるのを見て、ああ久しぶりに帰ってきたなあと胸がいっぱいになる・・・なんてことは殊更なく、拍子抜けするほど変わってなくて間に横たわる1年7ヶ月がすこーんと抜けたみたいな心地でした。一緒に居られなかったお墓参りも大晦日も正月もあったというのに。

ここに成長著しい子どもの姿があれば、1年7ヶ月という時の経過をもっと立体的かつ具体的に感じたのかもしれません。お互いの見た目に如実に表れる変化がもたらされるほどには長い期間ではなかったのだろうと思います。40代後半の私には日々老いていっているという自覚はうっすらありますが・・・。

唯一の変化といえば、父の趣味の盆栽が激増していたことです。

盆栽仲間の遺盆栽が譲られることもあるのだそうで、家の塀に沿って展開する盆栽たちは夜目にもわかるくらい目立っていました。

父は昔から盆栽や庭木をいじるのが好きで、休日の朝ともなると早くに起きて玄関をまたぐようにして伸びる松に鋏を入れ、玄関上の私の部屋に届くパチンパチンという音で目を覚ましたものでした。

 

現役時代は国内外問わず長期出張が多かった父ですが、引退して時間ができたせいなのかより一層それらの手入れに手間ひまをかけ数を増やし、私はといえば帰省のたびに手入れの行き届いた庭木を見ては、この丹念に植物を世話する能力が自分に遺伝しなかったことを痛感します(私は軒並み枯らしてしまう)。

元気ではあってもさすがに高齢なので、松いじりで脚立に乗るときは気をつけてよと言ったところ、ヘルメットをかぶり命綱を着けて作業しているのだとか。

以前、盆栽たちに水やりする父の姿を写真に撮っていたら、「後期高齢者の元気な姿をしっかり撮れ」と笑っていました。父を「じいちゃん」と呼ぶ孫もいないし、父もそんなノリだから、この10月で79歳になった父をいまだに高齢者扱いできないでいます。いずれそう接せざるをえない日もおのずとやってくるでしょうが、できるだけ先のことであって欲しいと願わずにいられません。


 

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  • この記事を書いた人

武藤 奈緒美

1973年茨城県日立市生まれ。 國學院大學文学部卒業後、スタジオやフリーのアシスタントを経て独立。 広告、書籍、雑誌、パンフレット、web等で活動中。 自然な写真を撮ることが信条です。 ここ10年程で落語などの伝統芸能、着物の撮影を頻繁にやっております。 移動そのものが好きで、その土地その土地の食べ物や文化に関心が強く、声がかかればどこにでも出かけ撮っています。 趣味は読書、落語や演劇鑑賞、歴史探訪。 民俗学や日本の手仕事がここ数年の関心事項です。 撮影を担当した書籍に「柳家喬太郎のヨーロッパ落語道中記」(フィルムアート社)、「さん喬一門本」(秀和システム)、「かぼちゃを塩で煮る」(絵と文 牧野伊三夫 幻冬舎)、「落語家と楽しむ男着物」(河出書房新社)など。[HP むーちょで候。]http://www.mu-cyo.com

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