稀人ハンター川内イオの東奔西走記 連載シリーズ

房総の車窓から。里山の風景を眺めてアイデアを練る、「ワッペン・ワーケーション列車」

皆さん、こんにちは! 常識に捉われないアイデアと行動力で「世界を明るく照らす稀な人」を追いかけている、稀人ハンターの川内です。

 

昨年の今頃から、世の中で急速に使われ始めた言葉があります。「ワーケーション」です。仕事を意味する「ワーク」、休暇を意味する「バケーション」を組み合わせ、旅先でリモートワークをするという意味の造語「ワーケーション」。

 

コロナ禍で観光業界が大打撃を受けるなか、日本政府も「新しい旅行や働き方のスタイルとして普及に取り組む」と発表して、一気に広まりました。ちなみに僕は、休暇中は一切仕事をしないで、遊びと休養に集中するタイプなので、「バケーションの最中に仕事をしたらせっかくの休みが台無しじゃん!」 と思っていました。

 

でも、ワーケーションという造語にとらわれず、オフィスを出て、非日常の空間で働くことと捉えれば魅力的だし、なにかしらの効果もある気もします。例えば、締め切りに追われた文豪が温泉宿に逗留し、原稿の執筆に集中する、いわゆる「缶詰め」はワーケーションの走りだったのかもしれません。そう考えると、ワーケーションに興味がわいてきました。

 

とはいえ、リゾート地や観光地で普通に仕事をするだけなら、なんのひねりもなく面白くありません。どうせならユニークなワーケーションを体験してみたいと探してみたら、発見しました。千葉の房総を拠点とするいすみ鉄道が「国内初の動くワーケーションスペース」を掲げる、「ワッペン・ワーケーション列車」です。

 

窮地から生まれたアイデア

いすみ鉄道は、千葉県いすみ市にある大原駅から大多喜町の上総中野駅まで14駅26.8キロを走る鉄道です。ワーケーションという言葉には宿泊、滞在するイメージがあったけど、いすみ鉄道は「移動しながら働く」ことを売りにしています。

飛行機や新幹線のなかで仕事をしている人はたくさん見るし、自分も移動中に仕事をするのは珍しくないけど、それとなにがどう違うのか? 気になったら即行動の僕は、「ワッペン・ワーケーション列車」がスタートした昨秋、電車を乗り継ぎ最寄り駅から約2時間半、いすみ鉄道の本社がある大多喜駅へ。早速、担当者の方に話を聞きました。

 

「うちの列車は揺れるので、集中してなにかお仕事をするというのは正直、難しいと思います(笑)。オフィスやワーキングスペースって自分の席があって、そこで集中する場面が多いと思うんですけど、列車は動くので、流れゆくのどかな景色を眺めながら、ミーティングやアイデア出しに使ってもらえるといいなあと思って、ワーケーション列車を始めました」

 

なるほど! 原稿は集中しないと書けないけど、ライターにとってアイデア出しも大切な仕事のひとつ。電車に揺られながらアイデアを考え、企画を立てるということなら、バリバリのビジネスパーソンだけじゃなく、どの世代、どんな会合でも楽しめそうな気がします。

ところで、なぜ「ワッペン・ワーケーション列車」の企画が生まれたのでしょう? 背景には、コロナ禍の危機がありました。主に観光客が利用するいすみ鉄道は、コロナ禍で乗客が途絶え、1日の売り上げが2000円の日もあったそう。ラッキーだったのは、コロナが流行る前の時点で、全車両にWi-Fi(無線ルーター)を搭載することが決まっていたこと。このWi-Fiを活かそうと発案されたのが、ワーケーションです。

 

「たまたま、以前に(いすみ鉄道の)国吉駅の駅舎でパソコンを開いて仕事をしている風の人を見かけて、こんなところで珍しいなと思っていたんですよ。そのことを思い出して、ワーケーションならあり得るかもと思ったんです」

 

そして、ワーケーションをより魅力的にするために考えられたのが、総刺繍のワッペン。鉄道の指定席券というものがなかった時代、いすみ鉄道では確実に着席したい人にワッペンを購入してもらって、ワッペンを持っている人から優先的に乗車してもらっていたそうです。ワーケーションと合わせてこのワッペンと優先乗車を復活させられたら、ワッペンが欲しいというお客さんも来てくれるだろうというアイデアです。

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昭和にタイムスリップ!

名付けて「ワッペン・ワーケーション列車」は、11月1日に運行開始。いすみ鉄道の1日乗車券は平日1200円、土日祝日は1500円で、これに総刺繍のワッペンがつくと平日2000円、土日祝日は2300円になります。

 

いすみ鉄道は複数の車両を所有していますが、ミーティングやアイデア出しをするなら、土日祝日に走行する、1964年製造のディーゼルカー「キハ28」と65年製造の「キハ52」が連結した急行列車がおススメ。青いボックスシートが並び、天井に扇風機が備え付けの車内は昭和レトロ感満載。レストラン列車としても使用される「キハ28」にはテーブルもついていて、非日常感があります。窓から見える里山の風景とあいまって、タイムスリップしたような気分になりそう。

 

取材に行ったのは平日だったので、僕は別の比較的新しい車両に乗って終点の上総中野駅へ。いすみ鉄道が走るエリアは、田畑があり、山があり、川が流れています。言ってみれば、それだけ。でも、アイデア出しにはむしろそれがいいのです。車窓からの風景が見どころ満載だと、きっとそちらに気を取られてしまう。落ち着いた雰囲気の里山の風景が淡々と続くからこそ、思考の世界に浸ることができるのです。

終点の上総中野駅周辺には明治時代の彫師、長谷川一虎作の立派な龍の彫刻がある中野山水神社、樹齢1000年を超えるとされている大銀杏が境内にある光善寺など、観光スポットもいくつかあります。さらに、上総中野駅から温泉の名所、養老渓谷までもすぐ。

大多喜駅から上総中野駅まで片道50分の電車でアイデア出しやミーティングをしながら、温泉で合宿するのも楽しそう。きっと、オフィスでウンウンと唸りながら企画を考えるよりも、いいアイデアが降りてくるでしょう。

 

僕みたいな物書きにとっても、電車で思考し、温泉宿で執筆するのは贅沢な時間。この取材は日帰りだったので、いつか試してみたいと思いました。

 

稀人ハンターの旅はまだまだ続く――。

いすみ鉄道

https://isumirail.co.jp/

 

  • この記事を書いた人

川内 イオ

1979年、千葉生まれ。ジャンルを問わず「規格外の稀な人」を追う稀人ハンター。新卒で入社した広告代理店を9ヶ月で退職し、03年よりフリーライターに。06年、バルセロナに移住し、ライターをしながらラテンの生活に浸る。10年に帰国後、2誌の編集部を経て再びフリーランスに。現在は稀人ハンターとして多数のメディアに寄稿するほか、イベント企画も手掛ける。 『農業新時代 ネクストファーマーズの挑戦 (文春新書)』 『BREAK!「今」を突き破る仕事論(双葉社)』等、著書多数。 ホームページ:http://iokawauchi.com/

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