フォトグラファー武藤奈緒美の「みる」日々 連載シリーズ

盆栽の見どころ、見せどころ。

こんにちは。フォトグラファーのむーちょこと、武藤奈緒美です。

 

ゴールデンウィークに帰省して、父の盆栽コレクションの一部を撮影してきました。盆栽はずっとなんとなく気にはなっていました。自分でも育てたいとかそういうことではなく、盆栽における美の基準がどこなのかに興味があったのです。

 

会社を定年退職してからも大連への短期出張を繰り返していた父は、高齢だしさすがにそろそろ海外出張は・・・と家族で懸念していた矢先、新型コロナウィルスの世界的流行がきっかけで完全引退を余儀なくされました。それによって生じた時間を長年の趣味である盆栽に存分に注いでいるようで、帰省するたびに増えている盆栽の数がそれを物語っています。

物心ついた頃から、よその庭に比べうちの庭を占める松の割合が異様に高いことに気付いていました。父が長期出張で不在のとき、夕方の水やりは私と弟の担当。盆栽の松に小さな蜂の巣を見つけた私は、手に持ったホースの先を押さえてつぶし、勢いを強めた水をその巣めがけ集中して浴びせました。直後、巣から飛び出してきた蜂に弟が刺され大泣きし、キンカンを塗ってやり過ごした・・・そんな夕方があったのを覚えています。大人になってから母にそういえばこんなことがあったよねとその話をしたところ、「何言ってんの、あんたも刺されたでしょ」と返されたのですが、痛い思いをしたはずなのに全く覚えていません。おねえさんのせいだと泣く弟を前にしれっとしていたことは覚えているのですが。

 

私は植物を育てるのが致命的に下手で、サボテンも苔も枯らしてしまう有様ですが、父は植物扱いが抜群に上手く、母の日に贈ったダンスパーティーという名前の紫陽花(母の指定)を地植えして大きくし、南国の花ブーゲンビリアや君子蘭、アマリリス、シクラメンなどの鉢植えも冬場は場所を変えるなどして手入れを怠らず、毎年ちゃんと花を咲かせています。ちょくちょく庭に出ては手を動かし手間ひまかけて世話をしているのを見ると、私にはできないなと思うに至り、鉢植えを置くことをやめました。

父からじっくり盆栽の話をきいてみたいと以前から思っていましたが、私は帰省するととことん怠け者で、寝ているか食べているか母と一緒に2時間ドラマの再放送を見続けているかなので、毎度次の帰省でやろうかね・・・と先送りにしてきました。ですが今年の秋で父が80を迎えるにあたり、父の盆栽コレクションを撮影してフォトブックをプレゼントしたらいいんじゃないのと、私ならではの贈り物を思いついたので、少しずつ準備を始めることにしたのです。

5月の連休に帰省したら盆栽の写真を撮りたい、お父さんの推し盆栽を見繕っておいてと事前にアナウンスし、背景に使う白いペーパーとカメラ機材一式、パソコンを背負い、上野駅で買い込んだお土産を提げて、荷物の重たさと連休前半の猛作業の疲労とでよれよれになって連休後半のある夜、帰途につきました。

翌日は見事2時間ドラマのオンパレードで1日があっという間に過ぎました(映画「セーラー服と機関銃」の渡瀬恒彦さんがあまりにも男前でテレビの前で大騒ぎ・・・)。父は一向に撮影する気配がないのが気になっていたようで、「いつ撮るんだ?」と。心づもりしていてくれたことがわかりました。

その翌日は朝から天気が良く、朝食を済ませたのち障子越しに自然光が入ってくる和室に白いペーパーをセッティングしたところ、父は「盆栽ってのは地べた置きするんじゃなく、台に載せて眺めるもんだから」と言って、今となっては荷物置き化している(かつて我が家にあった)エレクトーンの椅子を運んでき、それを台にしてペーパーを垂らし、庭から運んできた五葉松の盆栽をどんと据えました。1枚撮って見せると、「五葉松は5本の幹がしっかりわかるようにな。ここじゃないか?」と見えどころを指南。こんなふうにして始まった撮影は、盆栽が変わるごとに私が「この鉢の見せどころは?」と尋ね、父がその都度ポイントを説明し、盆栽のイロハがわかっていない私は「へえぇーっ!」と感心や納得を繰り返して終わりました。

印象的だったのは「ネバリ」という言葉。「盆栽はネバリが大事なんだ」「ネバリ?」・・・父の目線をたどってそれが「根張」であることがわかりました。言葉としてわかっても、良しとされる根張がどういうものかはまだわかっていないのですが。

もともとよくしゃべる父ですが、聞けば聞くほど盆栽に関する言葉や話が次々と出てきて、父がだんだん職人さんのように見え出し、取材をしているような心地になりました。父の中にこんな専門的な領域があったとは。これをしばらく続け私が盆栽のことを知っていけば、さらに知る新たな父の側面もあろうかと思います。父の盆栽を撮ろうと思うに至ってよかった、そこに気付いてGood job自分!な心境です。もっとも大事なのは、盆栽が素敵に撮れていることではありますが・・・。試行錯誤が続きそうです。

 

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  • この記事を書いた人

武藤 奈緒美

1973年茨城県日立市生まれ。 國學院大學文学部卒業後、スタジオやフリーのアシスタントを経て独立。 広告、書籍、雑誌、パンフレット、web等で活動中。 自然な写真を撮ることが信条です。 ここ10年程で落語などの伝統芸能、着物の撮影を頻繁にやっております。 移動そのものが好きで、その土地その土地の食べ物や文化に関心が強く、声がかかればどこにでも出かけ撮っています。 趣味は読書、落語や演劇鑑賞、歴史探訪。 民俗学や日本の手仕事がここ数年の関心事項です。 撮影を担当した書籍に「柳家喬太郎のヨーロッパ落語道中記」(フィルムアート社)、「さん喬一門本」(秀和システム)、「かぼちゃを塩で煮る」(絵と文 牧野伊三夫 幻冬舎)、「落語家と楽しむ男着物」(河出書房新社)など。[HP むーちょで候。]http://www.mu-cyo.com

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