フォトグラファー武藤奈緒美の「みる」日々 連載シリーズ

光を観る

こんにちは。フォトグラファーのむーちょこと、武藤奈緒美です。

 

11月と12月は「ご当地落語プロジェクト」という企画に参加しています。

新型コロナウィルスの蔓延で打撃を受けた温泉地と落語家とが手を組んだ企画で、落語家数名と作家がチームになって温泉地を訪れ、観光したり現地の方々のお話を聞いたりし、作家がそれらを元に落語をこしらえ、落語家がそれを覚えて公演する・・・という内容で、ひとつの温泉地に4日間滞在しておこないます。

この原稿を書いている時点ですでに2つの温泉地での公演を終えました。

私は今回このチームの一員として、写真のみならず動画も撮っています。

落語には古典落語という脈々と受け継がれてきた噺がある一方で、創作落語とか新作落語とか呼ばれている新たに作られる噺がありますが、今回の企画では4日間で作って覚えて発表するという通常ありえないような速さでの試みが行われています。

 

連日刺激的です。要素がとても多く、正直カメラで追い切れていません。1回目は動画撮影に意識が傾くあまり写真がおろそかになり、2回目はフォトグラファーなのだからまず写真をしっかり撮らねばと写真に集中したら動画がおろそかになり・・・。参加している落語家さんたちも積極的に動画を撮ってSNSを駆使し発信します。観光客が減ってしまった温泉地になんとか目を向けてもらおう、こうした活動に注目してもらおう、落語を楽しんでもらおうと励んでいます。その様子を間近で見ていると、動画の編集なんてやったことないなんて言っていられません。隙を見ては宿の自室にこもり写真のセレクトや動画の編集に取り組みます。やることが多くて目が回りそうですが、「ご当地」の温泉を楽しむことは忘れていません。もちろん生まれたての落語も。

以前どこだったかで見かけた「観光とは光を観ることだ」という言葉。その言葉はずっと私の頭の片隅にあって、今回のプロジェクトのさなかにもたびたび反芻しています。

最初の訪問地・山形県の小野川温泉とふたつ目の訪問地・福島県の土湯温泉では、同じ温泉地でも印象はまるで違っていて、その違いこそが「光を観る」ということに繋がるように思うのです。同じ太陽の下にありながらそれぞれがそれぞれとして在る姿というのでしょうか。小野川には小野川の、土湯には土湯の味わいがあって、そこに暮らしている人たち、その土地ならではの食、そこに伝わる伝説や民話などの物語、それぞれ違うわけです。もちろんふだんの自分の暮らしとも違う。その違いを知りおもしろがり存分に味わうのが「光を観る」つまり「観光」なのではないかと。

小野川では米沢ラーメンをたびたび食べました。落語会の手伝いにいらした会津の方は、山ひとつ隔てただけの距離なのにラーメンの麺が全然違うと話していました。ある食堂のおかみさんからは、年越しそばには日本そばではなく米沢ラーメンを食べると教えてもらいました。訪れなかったら知らなかったことです。

 

山へ向かう道のふもとに「豆腐地蔵」なるものがありました。子どもの夜泣きに効くんだそうです。また、子宝に恵まれる薬師堂があり、そこにお参りすると女の子が生まれがちで、温泉地の旅館では外からお婿さんを迎えているところも多いのだとか。迷信と現実が程よく繋がっていて、昔からの言い伝えが今でもそこに息づいているのを感じました。

土湯では会津藩士と姫君の悲恋の伝説が残る滝を訪れました。明治維新の頃の物語ですから、若い部類の伝説と言えるでしょう。また、女沼という大きな沼では、やまびこが返ってくる人と返ってこない人がいると聞き、落語家さんたちが試したところ全員無事にやまびこが返ってきました。

 

現地の方たちに伺ったそうした土地の物語は、今回作られた落語の中に盛り込まれています。その土地の光の中から生まれた噺たちと言えるのではないでしょうか。

今回の企画の撮影依頼をいただいたときに、真っ先に思い浮かんだのは柳田國男の「遠野物語」でした。その土地の物語を聞いて収集して形に留める。柳田國男は文学作品に、このプロジェクトでは落語に。まさか落語で民俗学的なアプローチができるとは想像もしていなかったので、この企画にときめきました。そうしたものが大好物の私にはもってこいじゃないか!と喜んで、「お受けします」と即答したのですが、いやはやこんなにせわしい道中になるとは・・・いい経験です。

何しろこの企画に参加しなかったら、やらなきゃなあと思いながらも動画の撮影と編集に着手するのはもっとずっと後だったと思います、面倒くさがりの私のことですから。この企画のおかげで私は新しいジャンルに踏み込むことができました。そして、最初は切って繋げてしかできなかった動画編集ですが、徐々にこう見せようああ見せようと欲が出てきました。

目覚ましく進化し続けている同業者からしてみたら何を今更そんな呑気なことを言ってるんだと思われるでしょうが、私にしてみたら大いなる成長です。

 

12月中は3カ所の温泉地を立て続けにめぐる「ご当地落語プロジェクト」。どんな光が待っているのか。そしてその光の中からどんな落語が生まれるのか。私自身がとても楽しみになっています。

 

ご当地落語プロジェクト公式ウェブサイト

https://gotochi-rakugo.jp

 

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  • この記事を書いた人

武藤 奈緒美

1973年茨城県日立市生まれ。 國學院大學文学部卒業後、スタジオやフリーのアシスタントを経て独立。 広告、書籍、雑誌、パンフレット、web等で活動中。 自然な写真を撮ることが信条です。 ここ10年程で落語などの伝統芸能、着物の撮影を頻繁にやっております。 移動そのものが好きで、その土地その土地の食べ物や文化に関心が強く、声がかかればどこにでも出かけ撮っています。 趣味は読書、落語や演劇鑑賞、歴史探訪。 民俗学や日本の手仕事がここ数年の関心事項です。 撮影を担当した書籍に「柳家喬太郎のヨーロッパ落語道中記」(フィルムアート社)、「さん喬一門本」(秀和システム)、「かぼちゃを塩で煮る」(絵と文 牧野伊三夫 幻冬舎)、「落語家と楽しむ男着物」(河出書房新社)など。[HP むーちょで候。]http://www.mu-cyo.com

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