稀人ハンター川内イオの東奔西走記 連載シリーズ

「アップルパイタクシー」に乗りたい ~日本一のリンゴの産地・弘前でアップルパイ探訪~

みなさん、こんにちは! 常識に捉われないアイデアと大胆な行動力を持つ「世界を明るく照らす稀な人」を追いかけて東奔西走、稀人ハンターの川内です。

 

2023年が幕を開けましたね。皆さんにとって素敵な1年になりますように! 僕は、皆さんが少しでも旅気分を味わったり、そこに行ってみたい! と思えるような旅コラムを今年もお届けします。お楽しみください!

 

さて、今年一発目は、「旬」の話題。唐突ですが、今が旬のフルーツ、リンゴは好きですか? 今回紹介するのは、青森の弘前市で運行されている「アップルパイタクシー」です。

 

弘前市は日本一のリンゴの産地で、市内にはそのリンゴを使ったアップルパイを出すお店が40店舗以上もあります。その弘前のタクシー会社、北星交通が運行しているのが「アップルパイタクシー」。所属ドライバーのなかに弘前市内のアップルパイに精通した「アップルパイコンシェルジュ」がいて、ツアーをしてくれるのです(料金などの詳細は北星交通のHP参照)。

アップルパイタクシーの目印

「日本一のリンゴの産地なら、リンゴの味にもプライドをもっているはず。40軒以上もあるなら、どこも工夫を凝らしているはず。おいしいリンゴで作ったこだわりのアップルパイは、どんな味なんだろう?」

 

一度気になると調べずにいられない僕は、今年11月、リンゴの旬を迎えたベストシーズンに弘前市へ向かいました。

アップルパイコンシェルジュにお任せツアー

今回案内してくれたアップルパイコンシェルジュのふたり

取材に訪れた僕を迎えてくれたのは、北星交通のアップルパイコンシェルジュ、北川浩さんと高谷文さん。通常は1件の予約に対してひとりのコンシェルジュが案内するんだけど、今回は特別にふたりで対応してくれました。

 

ちなみに、北星交通がアップルパイタクシーを運行し始めた2018年に作った独自の資格がアップルパイコンシェルジュ。観光協会のスタッフを講師に招いた勉強会の参加、試験合格、市内のお店でアップルパイの作り方を学ぶ研修などを経たドライバーが任命されます。お客さんからの質問に応えられるよう一定の知識がないと就けない職務で、現在は女性4名、男性2名がアップルパイコンシェルジュを名乗っています。

 

今回の案内人のひとり、北川さんは15年ほど前に社内で観光タクシーのドライバーに任命されたのをきっかけに図書館に通い、資料を読み漁って弘前市の歴史や地理などを学んだそうで、弘前についての幅広い知識を持っています。アップルパイコンシェルジュになってからは訪ねたお店は15軒ほどで、「弘前は和菓子屋さんでもレストランでもアップルパイを売っています。歩けばアップルパイに当たる町なんです」とのこと。

 

もうひとりの高谷さんは、もともと甘いものが好きではなく、アップルパイに対しても「古臭い」というイメージを持っていたと振り返ります。でも、アップルパイコンシェルジュの資格ができた時、ほかの女性ドライバーと一緒に「やってみようか」という話になり、「試しにアップルパイを食べてみたら、予想以上においしかったんです」。この時に探究心を刺激されて、これまで40軒ほど食べ歩いてきたと言います。

 

アップルパイタクシーを利用するお客さんのなかには、事前に弘前観光コンベンション協会が発行する「弘前アップルパイガイドマップ」をチェックして、自分が行きたいお店を巡るパターンと、アップルパイコンシェルジュのおススメのお店を訪ねるパターンがあるそう。

 

アップルパイを提供している店を網羅する「弘前アップルパイガイドマップ」は定期的に更新されていて、最新版は2022年7月に更新されたもの。ウェブでも見ることができて、そこには41軒載っていたんだけど、写真と解説だけではどれもおいしそうで選べない……。ということで、僕は取材の依頼をする時に、「アップルパイコンシェルジュにお任せします」と伝えていました。

 

よく考えたら、ドライバーさんに行き先を委ねてタクシーに乗るのは初めて! ふたりはどこに連れて行ってくれるんだろう?

並々ならぬリンゴへの思い入れ

看板からも店の歴史を感じる葡瑠満

最初に向かったのは、弘前城前にある1979年創業の珈琲専門店「可否屋葡瑠満」(コーヒー屋ブルマンと読みます)。店主の宮本孝紀さんは1970年代に銀座で店を構えていた会員制の喫茶店「可否屋葡瑠満」の元店長で、故郷の弘前に戻った23歳の時、のれん分けで店を開きました。

 

創業から40年以上経つ宮本さんは町の歴史にも詳しく、そもそもなぜ弘前でアップルパイが注目されるようになったのか、教えてくれました。

 

「15年ぐらい前、弘前で奈良美智さんの個展があったんです(筆者駐 恐らく「YOSHITOMO NARA + graf A to Z」/2006)。その時に市内の飲食店で特色あるものを出そうということになって、最初はリンゴのスイーツから始まったんです。それから時が流れて、アップルパイに絞られていったんですよね」

葡瑠満オーナー手作りの上品なアップルパイ

どうぞ、と出されたお皿の上には、品のあるこぶりなアップルパイ(400円)。青森県で生まれ、日本で最も多く作られている品種「ふじ」を使用しています。宮本さんの奥さんの実家がリンゴ園をしていて、そこから「生で食べてもすごくおいしい」完熟のふじを1年分、買い取り。リンゴを長期保存するための専用袋に入れて、0度まで冷える特殊な冷蔵庫で保存しているため、1年経ってもフレッシュな味わいを保てるそう。この話を聞くだけで、リンゴへの並々ならぬ思い入れを感じて、テンションが上がる!

 

アップルパイは、宮本さんの手作り。味が落ちるため、リンゴを必要な分だけコンポートにして、なるべく作り置きしないようにしています。その特徴について、奥さんが解説してくれました。

 

「リンゴのおいしさを味わってもらいたいので、砂糖は控えめです。ふじは甘みが強いので、レモン果汁で酸味を足しました。バター100%のパイ生地は、サクサクした食感ですね。シナモンは好き嫌いがあるので、お客さんの希望を聞いてからかけます。余計なものは加えず、リンゴとパイ生地のシンプルな風味を楽しんで欲しいですね」

 

居ても立っても居られず、いただきます! と口に含むと、サクサクッ、パリパリッとした生地の音が脳内に響き、ほどよいバターの香りが鼻に抜けます。そしてしっとりとしたリンゴは、白シャツにネクタイ姿で高級ホテルのバーのマスターのような宮本さんの所作をそのまま形にしたような上品な味。決して主張しすぎず、でもしっかりとリンゴのおいしさを感じられて、思わず目を閉じて余韻まで堪能しました。

全国ランキングで4位に選ばれた逸品

東京に戻ってからもたまに思い出すジャルダンのアップルパイ

二軒目は、コンシェルジュふたりの「地元民からも愛される店」という意見が一致した洋菓子店「ジャルダン」。こちらも1976年創業の老舗で、ぱっと見は昔ながらの洋菓子店という趣き。こんにちは~とお店に入ると、ショーケースにアップルパイ(380円)が置かれていました。

 

「アップルパイを作り始めたのは、店を開いた翌年から。地元で採れた紅玉を生のまま買って、うちで加工しています。紅玉は酸味と香りがよくて、私が好きなんですよ。パイ生地は、今はできあいのものもあるけど、うちは自家製です」と店のご主人、葛西清逸さん。

 

実はジャルダンのアップルパイは、2001年に弘前商工会議所が主催した第1回アップルパイコンテストの初代グランプリ。さらに2015年には、日経新聞の土曜版『NIKKEIプラス1』の「何でもランキング アップルパイ 旬をお取り寄せ特集」で全国4位に選ばれた逸品です。

 

「私たちはぜんぜん知らなくてね。電話に出たら、お客さんから『おめでとうございます!』と言われて、なんのことかと思いました(笑)」と葛西さんの奥さん。

 

三角形をしたジャルダンのアップルパイは、パリッとした香ばしい生地のなかに、軟らかく煮られたリンゴがギュッと詰まっていてジューシー! 見た目はボリューミーだけど予想外にサッパリ軽めの風味で、これなら何個でも食べられそう。コンシェルジュのふたりも、おいしい、おいしいと頬張っていて、たまたま居合わせたお客さんやふたりの様子からもジャルダンへの愛を感じました。

南部鉄器「アップルパイクッカー」で焼き上げる

3軒目に訪ねたカフェ&レストランBRICK

最後の目的地は弘前れんが倉庫美術館に併設されたカフェ&レストラン「BRICK(ブリック)」。こちらはミュージアムショップを兼ねており、2020年7月、美術館のオープンと同時に開店しました。店内は天井が高く、広々としていて、洗練された雰囲気です。

 

ここのアップルパイは、葡瑠満やジョルダンとはまたひと味違いました。全国的に名を知られた弘前のイタリアン「オステリアエノテカ ダ・サスィーノ」の笹森通彰さんがレシピを監修。笹森さんのアイデアで南部鉄器の老舗、岩手の及源鋳造とコラボした「アップルパイクッカー」で、注文が入ってからひとつひとつ焼き上げます。

新感覚のおしゃれアップルパイ

「パイ生地のなかのカスタードクリームも最後に絞って、フレッシュな状態で提供しています。このアップルパイを目指して来店する方もいますね。多い時は1日に20個ほど注文が入る日もあります」(店長の小林恭子さん)

 

茎や葉っぱもしっかり表現されたリンゴ型のアップルパイのお皿のうえには、バニラアイスと一緒に花びらや葉っぱがアレンジされていて、ナイフとフォークが用意されていました。それを無視してホカホカのアップルパイにがぶっとかぶりついたら、薄めの生地がパリパリッと割れました。

 

そのなかから、トロトロのカスタードクリームと酸味が爽やかな紅玉がこんにちは! バニラアイスと一緒に食べると、また違う食感を楽しめます。名のあるシェフがアップルパイを再構築するとこうなるのか! という新感覚のおしゃれスイーツです。

独自の進化を遂げたアップルパイ

移動の車中、高谷さんが「食べ比べをするようになって、同じアップルパイなのにこんなに形も味も違うものができるんだ!って驚いたんですよね」と言っていたけど、3軒訪ねただけで納得しました。アップルパイがこれほど独自の進化を遂げているとは! アップルパイのダイバーシティを実現した町、弘前。

 

また弘前に来ることがあったら、新たにおいしい店を発掘したい。いやいや、葡瑠満やジョルダン、ブリックにも立ち寄りたい。そうなると、いったい何個のアップルパイを食べることになるのか。この気持ちのせめぎ合いは、真剣に悩ましい……。

 

稀人ハンターの旅はまだまだ続く――。

 

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  • この記事を書いた人

川内 イオ

1979年、千葉生まれ。ジャンルを問わず「規格外の稀な人」を追う稀人ハンター。新卒で入社した広告代理店を9ヶ月で退職し、03年よりフリーライターに。06年、バルセロナに移住し、ライターをしながらラテンの生活に浸る。10年に帰国後、2誌の編集部を経て再びフリーランスに。現在は稀人ハンターとして多数のメディアに寄稿するほか、イベント企画も手掛ける。 『農業新時代 ネクストファーマーズの挑戦 (文春新書)』 『BREAK!「今」を突き破る仕事論(双葉社)』等、著書多数。 ホームページ:http://iokawauchi.com/

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