稀人ハンター川内イオの東奔西走記 連載シリーズ

「伐らない林業」から生まれたミネラル豊富なメープルシロップ

皆さん、こんにちは! 常識に縛られず、驚くような発想と行動力で世間をアッと言わせる「規格外の稀な人」を追いかけている、稀人ハンターの川内です。

 

ちょっと前、パンケーキブームがありましたよね。その真っただ中にオープンした某所のパンケーキショップ、近くを通りかかったら別の店に変わっていました。ブームはすでに去ってしまったのかもしれませんが、僕は食べ続けています。子どもの頃から大のパンケーキ好きで、最近ではパティシエの友人に教えてもらったレシピで、自作しているんです。市販のパンケーキミックスを使うよりおいしいと、妻にも喜ばれています(甘いものが嫌いな娘は、パンケーキ自体、食べてくれませんが……)。

 

僕にとって、パンケーキに欠かせないのはメープルシロップ。生クリームとかフルーツは不要で、バターとメープルシロップの黄金コンビさえあれば満足です。なので、我が家にはパンケーキのためだけにメープルシロップが常備されています。

 

ところで、メープルシロップってなんだかご存知ですか? メープル(カエデ)の樹液を煮詰めてできた、天然食品です。僕はいつもスーパーで買うんですが、目にするのはいつもカナダ産。ほかの地域で採れたメープルシロップを見たことがないなと思って調べたら、カナダはメープルシロップの世界シェアの74%を占めるそうです。すごい!

 

「伐らない林業」のポテンシャル

でも、カエデがたくさん生えていればメープルシロップができるのだから、他の地域にもありそうですよね? はい、その通り。日本でも、埼玉県秩父市でメープルシロップが作られているのです。緑豊かな秩父の山には、日本にあるカエデ全28種類のうち21種類が自生しています。しかも! 驚くべきことに、カナダのカエデの樹液には含まれていないカリウムやカルシウムといったミネラルが含まれているのです。

 

この自然の恵みに注目したのは、NPOの「秩父百年の森」。林業関係者と手を組み、2012年に秩父樹液生産協同組合が設立されました。そして、「秩父百年の森」が製造した樹液「和メープル」を買い取り、商品開発と販売を担っているのが秩父観光土産品協同組合。この仕組みが秩父の森を守ることにもつながっていると教えてくれたのは、生まれ故郷の秩父で2015年8月、メープルベンチャーのTAP&SAPを設立した井原愛子さんです。

「カエデは秩父樹液生産協同組合が一年に一度、一本の木から20リットルほど樹液を採取して秩父観光土産品協同組合に卸しています。木の所有者から樹液を買い取るという形をとっていて、カエデの木1本あたり手数料を除いた数千円程度は所有者の手元に残るようにしています。しかも、樹液は毎年取れるから、カエデがあるだけで定期収入になる。山に自生しているカエデを活用しつつ、さらにカエデを植林して、これまでの『伐る林業』から『伐らない林業』に転換して森を育てるという活動なんです」

 

聞くところによると、秩父に生えている木を切って売ると1本1000円にも満たず、その金額では誰もお金と手間をかけて木を伐りたくないから、山が荒れるという悪循環になっているそうです。カエデの樹液を活かす伐らない林業は、放置された山を収入を生み出す山に変えるポテンシャルを持つのです。

 

もともと外資系家具メーカーで働いていた井原さんは、たまたま「秩父百年の森」のエコツアーに参加して、メープルシロップ作りや「伐らない林業」の取り組みを知ったそう。それでにわかに興味が湧いて関係者に話を聞いたら、「この活動をもっと広めたい!」と思いが募り、退職。地元に戻り、カエデから樹液を採取する作業を手伝ったり、自費でカナダに渡ってメープルシロップを作る農家や樹液採取の現場などを見て回りました。

 

カナダ視察の際に、メープルシロップを加工するだけじゃなく、売店を兼ねたカフェでもあり、森のガイドツアーなども開催する「シュガーハウス」の存在を知った井原さんは、これだ! と直感。秩父にもシュガーハウスを作るために、NPOや組合の関係者とともに動き始め、市長に手紙を書いて、秩父ミューズパーク内にあるもともとゴルフのスタートハウスだったログハウスを使わせてもらう許可を得ました。

 

その後、もう一度カナダに飛び、ファームステイをしながら、メープルシロップの作り方やビジネスを習得。帰国後に起業し、メープルベースの立ち上げに奔走しました。

 

メープルベースから生まれたメープルシロップ

日本初のシュガーハウス「メープルベース」がオープンしたのは、2016年4月27日。ショップには、秩父のカエデの樹液やメープルシロップを使った商品などが並び、パンケーキが名物のカフェスペースもあります。客席からは、カナダから輸入した機械エバポレーターで樹液を煮詰め、メープルシロップを作る工程が見えるようになっています。

 

メープルベースの目玉は、ショップで販売されている秩父産のメープルシロップと、カフェで提供されている、秩父産のメープルシロップをかけて食べるパンケーキ。うーん、今すぐにでも食べに行きたい……。そう、僕が取材に行ったのは2018年2月で、メープルシロップの生産が始まるのが2月の末だったので、どちらも味わえていないんです。無念すぎるタイミングでした。でも、雪が降った後だったので、雪景色が美しかったなあ。

 

この原稿を書くにあたり、メープルベースのフェイスブックページをのぞいてみたら、10月30日には販売用に続き、パンケーキのお供のメープルシロップも終了したと書かれていました。井原さんのチャレンジ、そして秩父の森を守る活動が順調に継続しているようで、なにより。新しい秩父産メープルシロップができあがる来春には、秩父を再訪したいものです。そこでパンケーキを……と想像したら、お腹がグーッと鳴りました。

稀人ハンターの旅はまだまだ続く――。

 

※この取材は、2018年に行ったものです。

 

  • この記事を書いた人

川内 イオ

1979年、千葉生まれ。ジャンルを問わず「規格外の稀な人」を追う稀人ハンター。新卒で入社した広告代理店を9ヶ月で退職し、03年よりフリーライターに。06年、バルセロナに移住し、ライターをしながらラテンの生活に浸る。10年に帰国後、2誌の編集部を経て再びフリーランスに。現在は稀人ハンターとして多数のメディアに寄稿するほか、イベント企画も手掛ける。 『農業新時代 ネクストファーマーズの挑戦 (文春新書)』 『BREAK!「今」を突き破る仕事論(双葉社)』等、著書多数。 ホームページ:http://iokawauchi.com/

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