稀人ハンター川内イオの東奔西走記 連載シリーズ

ビールがつなぐ人、モノ、カルチャー。遠野の「コミュニティブルワリー」

皆さん、こんにちは! 常識に縛られず、驚くような発想と行動力で世間をアッと言わせる「規格外の稀な人」を追いかけている、稀人ハンターの川内です。

 

少しずつ気温が上がってくると、テンションも高まってくるのは僕だけでしょうか? 太陽の光を浴びて、風に吹かれていると、おいしいビールが恋しくなります(笑)

 

ビールと言えば、近年、盛り上がっているのが、岩手県の遠野市。柳田邦男の『遠野物語』に描かれたことから「民話の里」として有名ですが、最近は「ホップの里からビールの里へ」というキャッチフレーズで、ビアツーリズムに力を入れているんです。ビアツーリズムって、すんごく魅力的な響きですよね!

 

ビールの里の象徴的存在

なぜ、遠野でビールなのか。ちゃんと理由はあります。遠野は、大昔から冷害による農作物の不作に悩まされてきました。そこで1963年、地元の農協が寒冷な土地でも育つホップに目を付け、キリンビールと栽培契約を結び、ホップの栽培を始めたのが、そもそものきっかけです。 

 

ちょうどその頃からビールの消費量がグビグビ、いや、グングン伸び始めたこともあって、遠野での栽培面積もどんどん広がり、1987年には生産量日本一に輝きました。ところが、ドイツやチェコから安いホップの輸入が増え、さらに1994年をピークにビールの消費量がガクンと下り坂になったこともあり、遠野のホップ生産もあっという間に下降。最盛期の1974年には239戸いた生産者も40戸弱まで減ってしまったのです。生産者の高齢化も進み、後継者も少ない。

 

このままではホップの生産が途絶えてしまうと危機感を募らせた遠野市が、2006年、キリンビールやホップ生産者、市民と連携し、ホップ&ビールで町を盛り上げようという取り組みを始めました。それが「ビールの里構想」。

その一環で2015年にスタートした「遠野ホップ収穫祭」は、初年度の2500人から、2019年には2日間で1万2000人が参加する遠野の一大イベントに成長しました。こういった努力の成果もあって、現在もビールで使うホップの作付面積では国内1位、生産量で国内2位につけています。

 

この「ビールの里」で、ひとつの象徴的な存在になっているのが、2018年5月にオープンしたビアパブ「遠野醸造TAPROOM」店内の工房でビールの醸造も行う、マイクロブルワリーです。2018年5月にオープンして以来、ビールを通して地域と人やモノ、カルチャーをつなぐ「コミュニティブルワリー」として、全国的に注目を集めています。

地域おこし協力隊のメンバーで創業

遠野醸造の代表を務めるのは、袴田大輔さん。筑波大学を出て、日本の大手ファストファッションブランドに就職し、多忙な日々を送っていたある日、「大量生産大量消費の最前線に立っている気がして、空しくなっちゃったんです」。

そのうちに「自分の手でこだわりを持って作ったものを、自分の言葉で届けられたら一番いい」と思うようになった袴田さんが、閃いたのがビールでした。学生時代に2年間休学し、世界一周の旅に出た時に、海外のビールの個性豊かな味に衝撃を受け、就職してからもよく飲んでいたのです。

 

2015年10月に仕事を辞め、横浜にあるパブを併設したブルワリーに転職。その時に、遠野市が地域資源であるホップを活用して、地域課題を解決するプロジェクトの担い手として地域おこし協力隊を募集しているのを知り、すぐに応募を決めました。

無事に採用されると、ほか2人のメンバーとともにブルワリーを立ち上げる計画が動き始めます。まずは2016年の秋から、全国およそ30カ所のブルワリーを訪問し、ビール作りのイロハを習得。2017年4月には遠野に移住し、開業準備に入りました。地域おこし協力隊の契約は3年なので、時間に余裕はありません。

 

3人が思い描いたのは、地域のいろいろな「いいもの」をつないで発信しながら、地域の人や旅行者が集まってワイワイする「コミュニティブルワリー」。そのために、まずは自分たちのこと、クラフトビールのことを知ってもらおうと、月に1回、「クラフトビールナイト」を開催し、同時に「これから醸造所を造ります!」と宣言し、徐々に応援者を増やしていきました。

 

同年10月に現在の店舗となる元酒屋の物件を見つけて契約すると、年が明けて、2018年の1月20日からクラウドファンディングをスタート。目標金額500万円にたいして、390人から794万1443円が集まったことからも、袴田さんたちの取り組みがたくさんの人たちから応援されていたことが伝わります。2018年5月にお店がオープンしてからは、当初の予想の2倍のお客さんが訪れていると聞きました。

袴田さんたちは「コミュニティブルワリー」の実現に向けて、ユニークな取り組みをしています。例えば、自家焙煎しているコーヒー店とコラボレーションしてコーヒー風味のビールを作ったのを皮切りに、地元のハスカップや白樺の樹液を使ったビールも作ったり。岩手出身の女性エッセイストをゲストに、クラフトビールを飲みながら、エッセイと俳句についての語るトークイベントを拓いたり。こういった活動がきっかけで、新たな取り組みが生まれることもあります。それこそが遠野醸造のメンバーが望んでいたことです。

 

コロナ禍で大きな打撃を受けた飲食店が多いなか、遠野醸造は昨年も遠野産ブルーベリーを使ったビールを作ったり、缶ビールをリリースしたりと果敢な挑戦を続けています。彼らへの応援の気持ちを込めて、僕もまた遠野まで足を延ばして、グラスを空けたいと思います。

 

稀人ハンターの旅はまだまだ続く――。

 

※この取材は2019年9月に行ったものです。

Address

遠野醸造 TAPROOM  http://tonobrewing.com/

岩手県遠野市中央通り10-15
遠野駅から徒歩3分、駐車場なし

 

  • この記事を書いた人

川内 イオ

1979年、千葉生まれ。ジャンルを問わず「規格外の稀な人」を追う稀人ハンター。新卒で入社した広告代理店を9ヶ月で退職し、03年よりフリーライターに。06年、バルセロナに移住し、ライターをしながらラテンの生活に浸る。10年に帰国後、2誌の編集部を経て再びフリーランスに。現在は稀人ハンターとして多数のメディアに寄稿するほか、イベント企画も手掛ける。 『農業新時代 ネクストファーマーズの挑戦 (文春新書)』 『BREAK!「今」を突き破る仕事論(双葉社)』等、著書多数。 ホームページ:http://iokawauchi.com/

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