皆さん、こんにちは! 常識に捉われないアイデアと行動力で「世界を明るく照らす稀な人」を追いかけている、稀人ハンターの川内です。

 

9月もついに最終日。なにごともフライング気味な僕は、秋が深まってくると「今年ももうそろそろ終わりだなあ」と身勝手な解放感に包まれます。それでついついハメを外しがちなんですが、これまでに行った無数の取材のなかでも屈指の無謀さで向かったのが、群馬県下仁田町。

 

人口減少に悩む下仁田町が移住者、定住者を増やそうと制作したPR動画「人と町の風景」をYouTubeで観たのがきっかけです。その動画はオリジナルソングの歌詞「歩いてる人もまばら……」「見渡せば、岩と山と取り残されたような町並み……」「ネギとかこんにゃくばっかり有名だけど、ほかに何もない町……」に合わせて町の人々が朗らかに踊るシュールな内容なのです。

 

町の戦略にまんまと引っかかった僕は、「本当に、ネギとこんにゃく以外なにもないのか?」という疑問を晴らしに、一路、下仁田町へ。2016年の秋のことです。この取材に関して、僕は完全なるアポなし、つまり、誰にもなんの連絡もせずに向かいました。町の本当の姿を知るために、出会った人に町の魅力を尋ねて、そこを巡ることにしたのです。

 

誰かいないかと車を走らせ、たまたま目に入った道の駅「しもにた」に寄りました。すると、目の前に「下仁田町観光案内所」が! ここで僕は、「仕事とか関係なしに、下仁田で個人的に好きな場所やモノを教えてください!」とリクエスト。え!? と戸惑いながらも、3人のスタッフさんがそれぞれお気に入りスポットを教えてくれました。いざ、そのスポットへ!

 「夢に出る」味

一番のタンメンと餃子。お腹いっぱい大満足の味

最初に訪ねたのは、ふたりのスタッフさんが推していた定食屋の一番。こんにちは! と声をかけ、取材の許可を求めると、厨房にいたおばあさんが「それは嬉しいねぇ。いいですよ」と答えてくれました(お名前は出さなくていいということで、おばあちゃんという呼び名で通します)。

 

お店は、東京五輪の年、1964年にオープン。餃子の皮やラー油など、店で出すほとんどのものをイチから手作りしています。僕とおばあちゃんのやり取り聞いていたお客さんが、「ほんと、ここは美味しんだ。しばらくこないと夢に出てくるんだよ」と言いました。夢に出る味!

一番のメニューはおばあちゃんの手書き

「何年か前に大雪の日があって、店を開けられなかったからそのまま辞めようかなと思ったんだけどね。こうやって町の人がきてくれるから、お店をお終いにできないんですよ(笑)。仕事をしながらこうやってお客さんと話ができることがやりがいですね」とおばあちゃん。

 

厨房で一緒に働いていた若者は、川崎市から来た地域おこし協力隊の一員で、この老舗の味を受け継ぐのが使命。取材時に「ここで働き始めてから、学ぶことしかありません!」と言っていた若者は、2019年に跡を継いだそうです。

日本最古の牧場と「だいたい創業100年」の食堂

空気が澄んでいて、深呼吸したくなる神津牧場の風景

次に向かったのは、観光案内所のスタッフが「日本じゃないような風景が見える」と絶賛した神津牧場。訪ねてみると、須山哲男場長が取材に応じてくれました。

 

あまり知られていませんが、ここは明治20年(1887年)に開設された日本最古の牧場。創業者の神津邦太郎という人が、慶應義塾時代の福沢諭吉に学び、日本人の体格をよくしなければいけないという薫陶を受けて、「私が西洋人の食べ物を作りましょう」と始めたそう。

 

387ヘクタールの広々とした牧場では200頭のジャージー牛が昼間は放牧されています。伸び伸びと草を食む姿を見ていると、確かにアルプスの高原にでもいるような気分になります。最近は観光に力を入れていて、放牧している牛に触れるガイドツアーや、ナイトツアーも実施。ロッジも併設していて、宿泊できるなかなかユニークな牧場なのです。

放牧されているジャージー牛のミルクを使った商品も充実

気持ちのいい牧場でのんびりとしていたら、すっかり日が暮れて夜ご飯の時間。次は観光案内所のスタッフさんが「下仁田ネギのグラタンが美味い」と言っていた食堂、安兵衛へ。もちろん、アポなしで取材のお願いをしたら、4代目のご主人、新井渉さんが快諾してくれました。

 

まずは、下仁田ネギのグラタンを実食。新井さんによると「下仁田ネギは霜が3回降りると本当の甘みが出る」そうで、だいたいクリスマス前後が食べ頃ということだっだけど、グラタンに埋もれたネギは、すでに十分に甘い!実はこの食堂、「だいたい創業100年」。それだけ長い間、営業しているというだけで、地元の人に愛されてきたことが伝わります。

下仁田ネギグラタンセット。サラダと神津牧場のソフトクリーム付き

下仁田町出身の新井さんからは、町の歴史も聞きました。驚いたのは、下仁田ネギと並んで名産のこんにゃくにまつわる話。新井さんが子どもの頃はこんにゃくで大成功した人が多くいて、呼び名は「こんにゃく大臣」。羽振りがよく、町も潤っていたので、ボーリング場にビリヤード場、映画館は3つもあったそうです。

 

「こんにゃく農家って、1年のうち3ヵ月しか仕事がないんですよ。だから残りの9ヵ月で気前よくお金を使うので、町も賑やかでしたね。こんにゃく大臣の名残は今でもあって、この小さな町にベンツとかベントレーとか高級外車が何台も走ってますし、若い人を育てようということで僕も都内のミシュラン星付きレストランに連れて行ってもらうこともあります」

 

これはまさに、こんにゃくドリーム! ライターからこんにゃく農家への転職を真剣に検討しながら、眠りにつきました。

かつて「銀座」と呼ばれて大勢の人で賑わっていた下仁田の中央通り

翌日は、高さ20メートルもある「日本一のだいこく様」と「縁切りの願掛け」がある中之嶽神社や、1875年創業の老舗で、明治から続く方法であんこを作り続けている和菓子店、嶋屋も訪ねました。

 

1泊2日で下仁田町を巡って強く感じたのは、掘れば掘るほど面白い話が出てくるということ。全国の地方を探しても、狭い範囲でこんなに個性溢れる人や店が集う町はなかなかありません。「ネギとかこんにゃくのほかに何もない町」ではなく、「ネギとかこんにゃくのほかにも盛りだくさんの町」でした。

 

稀人ハンターの旅はまだまだ続く――。

 

※この取材は2016年に行ったものです。

 
 

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