稀人ハンター川内イオの東奔西走記 連載シリーズ

なにもないけど目的地になる温泉 「中三依温泉 男鹿の湯」

 皆さん、こんにちは! 常識に捉われないアイデアと行動力で「世界を明るく照らす稀な人」を追いかけている、稀人ハンターの川内です。

 

秋が深まってくると、ぐんぐん高まってくるもの。それは温泉への想い。僕は子どもの頃からお風呂が大好きで、大人になってからもほとんど毎日、湯船につかっています。身体をお湯に沈めた瞬間の、ジーンッとする感じがたまらんのです。そして、湯船が広ければ広いほど心と身体が解放されますよね。ああ、温泉に行きたい。

 

読者の皆さんは、温泉に行く時、なにを基準に選びますか? 観光地とセットというのがわかりやすいですよね。昼間は町を歩き、夜は温泉へ。僕もそのパターンが多いです。でも、なかには目的地になる温泉もあります。今回は、無類の温泉好きが高じて経営不振で休業していた温泉を引き継いだ女の子の物語。

小学生の時から温泉ラヴァー

浅草から、東武スカイツリーラインに揺られて約3時間。目的地は、栃木県日光市のはずれにある中三依温泉(なかみよりおんせん)駅にあります。温泉と名の付く駅で、ここまでなにもないのも珍しいのでは!? と驚くほどひっそりとした駅前の看板の案内に従って2、3分歩くと、都会的で洗練された鹿のデザインの懸垂幕(けんすいまく)が目に入ります。

26歳で温泉経営を始めた水品さん

ひなびた地方の町で異彩を放つこの施設こそ、今回の目的地、「中三依温泉 男鹿(おじか)の湯」。そして、男鹿の湯を経営するのが、水品沙紀さんです。一見、学生さんにも見える水品さん、僕が取材行った2017年の時点で、まだ27歳でした。若い!

見た目も語り口もふんわりナチュラル系の水品さんですが、実は筋金入りのお風呂と温泉好き。これまでに、国内外の温泉1050か所を巡ってきたそうです。

 

温泉への愛が生まれたのは、小学生のとき。家族で週に1回、地元の千葉県佐倉市にある温浴施設に通うようになったのがきっかけでした。その情熱は滾々と湧き出る湯のように冷めやらず、高校2年生のときには自らいきつけの温浴施設に「働かせてください」とメールをして、仕事を得ました。入浴が好きなのと施設で働くことには少し距離がありそうだけど? と尋ねると、水品さんにはニッコリ。

仕事終わりに、毎日温泉に入れるから。それに、(施設で上演される)大衆演劇が好きで、毎日見られるからいいなと思って

 

大学は横浜でしたが、バイトを続けたくて佐倉から2時間半かけて通学。ひとりで遠出できる年齢になると、全国各地の温泉巡りを始めました。これまでに訪ねた1050カ所のうち、大半が学生時代に行った場所だというから、とんでもないスピードの湯めぐり超特急。大学での卒論は「『温泉』は、地球と私の間の、もっとも優秀なメディアである」。水品さんの温泉愛を知っていた教授は、「よく頑張ったね」と褒めてくれたそうです。

26歳で温泉経営者に

寝ても覚めても温泉のことばかり考えている水品さんが就職したのは、経営不振の温浴施設のリノベーションやコンサルティングを手掛け、再生させてきた温泉ベンチャーです。普段は、同社が運営する温浴施設で働きながら、社長のもとで温泉ビジネスを学びました。

 

その間も温泉への愛がどんどん昂ぶり、次第に「自分で温泉宿をやりたい」という想いが膨らみます。そうして、「どこかに良い物件ないかな」と探しているうちに出会ったのが、「中三依温泉 男鹿の湯」。

温泉経営者募集中、家賃無料という条件だったので、お風呂屋さんつながりのフェイスブックで話題になっていたんです。冷鉱泉だから燃料代はかかるし、企業が人を雇ってやろうとしたら、採算が合わない。でも、住み込みで工夫すればできると思いました

 

水品さんは、2015年8月、2年半働いた温泉道場を辞めると、翌月には男鹿の湯の視察に行きました。もともと田舎が好きな水品さんは、無人の駅も、ひと気のないロータリーも素朴で気に入りました。なにより、施設の裏に流れる男鹿川のびっくりするほど透明な清流に惹かれたそうです。

視察に同行したお母さんも「ここにしなさい」と背中を押してくれたこともあり、正式に立候補。とんとん拍子で話が進み、新たな経営者として契約しました。その時、なんと25歳! 

ここは都心の人には全然知られていなかったけど、私はここの町の雰囲気と山と川にものすごく惹かれたから、都会の人にアピールすれば、良さが伝わるなと思っていました。けっこう楽観的でしたね

自己資金とクラウドファンディングで得た200万円超で内装を新たにして、2016年4月、リニューアルオープン。水品さんは「26歳までに自分の風呂を持ちたい」という夢を叶えたのです。

お勧めは「散歩」

新旧のデザインが入り混じる入口

当初は地元の人と一緒に働いていましたが、オープンから4カ月後、婚約者の豊島多央さんが仕事を辞めて中三依に移住。いまは結婚して夫婦で運営に当たっています。

温泉に隣接するケビン

男鹿の湯には宿泊施設ケビン(ロッジ)もついていて、リニューアルオープンしてからは、都心からの観光客が春休み、ゴールデンウイーク、夏休み、紅葉の秋と、途切れることなく訪れるようになりました。ここのお勧めはなんですか? と尋ねたら、水品さんの答えは「散歩」。

 

「泊まりに来る方は、バーベキューをして、川で遊んで、温泉に入る。アクティブな人は、そば打ち体験もする。それぐらいかな」

充実の飲食スペース

男鹿の湯を知らないと、え、それだけ? と思ってしまいそうですが、透明度が高く、釣りや川遊びもできる男鹿川を見るだけでも納得する人は多いでしょう。秋の紅葉は、近辺のどこよりときれいのこと。周りにほとんどひとけのない静かなところで、清流で思う存分に遊び、紅葉を眺めてのんびり温泉に入り、バーベキューする。確かに十分、いや贅沢な時間かもしれません。

 

インタビューを終えてから、温泉に入らせてもらいました。平日の昼間で、ほかのお客さんがいなかったから、貸し切り状態。水質は、水品さん好みの「吸い付くようなトロンとしたお湯」で、確かに滑らか。木材をふんだんに使った浴室も気持ちいい。手足を思いっきり伸ばし、あごまで湯に浸かっていたら、なんだか身体の芯から温かくなってきました。 

 

「あ~いい湯だな~」

 

男鹿の湯は、再訪したい温泉のひとつです。そうそう、寒さが厳しい11月末から3月半ばにかけては休業期間に入るので、予約の際には気を付けてくださいね!

ACCESS

中三依温泉 男鹿の湯

栃木県日光市中三依423番地

ここからは、ちょいとお知らせ。なんと、この10月に2冊の本を出版しました! 24歳で物書きを始めてから18年、まさか同じ月に2冊の本を出す日が来るとは!アンビリバボー!

 

10月5日に発売したのは、ほかに誰も作っている人がいないようなモノづくりに情熱を燃やす10人を取り上げた『ウルトラニッチ 小さな発見から始まるモノづくりのヒント』

 

 

 

 

 

 

 

 

10月20日に発売したのは、独自の取り組みで農業界で異彩を放つ10人を取り上げた『農業フロンティア 越境するネクストファーマーズ』

 

 

 

 

 

 

 

 

もしよかったら、ご一読ください!

稀人ハンターの旅はまだまだ続く――。

 

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  • この記事を書いた人

川内 イオ

1979年、千葉生まれ。ジャンルを問わず「規格外の稀な人」を追う稀人ハンター。新卒で入社した広告代理店を9ヶ月で退職し、03年よりフリーライターに。06年、バルセロナに移住し、ライターをしながらラテンの生活に浸る。10年に帰国後、2誌の編集部を経て再びフリーランスに。現在は稀人ハンターとして多数のメディアに寄稿するほか、イベント企画も手掛ける。 『農業新時代 ネクストファーマーズの挑戦 (文春新書)』 『BREAK!「今」を突き破る仕事論(双葉社)』等、著書多数。 ホームページ:http://iokawauchi.com/

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