フォトグラファー武藤奈緒美の「みる」日々 連載シリーズ

2022年の桜

こんにちは。フォトグラファーのむーちょこと、武藤奈緒美です。

 

この原稿を書いている4月13日現在、東京の、わたしの生活圏にある桜はほぼ散り尽くした感があります。そして「今年の桜の時期もあっという間に去ってしまったな」というさみしさと、「嗚呼、夏が来てしまう・・・」という焦りとがないまぜになるのがこの時期おなじみの感情です。冬物をまとめて近所のクリーニング店に持ち込んだのはつい10日前のことだというのに。

 

春眠暁を覚えずだっけ?この時期ってやたら眠いんだよね・・・そんなふうに友人たちと授業中の睡魔を春のせいにしていた時代はもう30年近く前のこと。社会に出てからの時間の方が長くなった今では、年度末の仕事の片付けと年度はじめの慌ただしさでむやみにバタバタするのがこの桜の時期です。今年こそはの願いむなしく、しみじみと桜を眺める時間はこの春もありませんでした。

 

とはいえ、今年のわたしの桜風景は例年とちょっと違ったんです。印象深いシーンが多かった。

 

桜初めはホテルニューオータニの庭園でした。

3月半ばに知り合いの染色家さんからの紹介で二十歳の大学生の振袖姿を撮影しました。紅梅が見事に咲き、冬から春へと季節が移っていくのが見て取れる広い庭園のかたわらに、一本の桜の木だけがそっと咲き始めているのを見つけました。さほど日当たりが良さそうでもない場所だからなのかいまいち迫力に欠け、うっかり咲いちゃったみたいに見える桜でしたがもちろん振袖姿の背景にしっかり収まってもらいました。

3月下旬、友人からの依頼で姪御さんの二十歳の振袖姿を浅草寺で撮影しました。

 

その日は何日も前から降水確率が高く、これは確実に雨になるだろうと覚悟して迎えた当日の朝、予報通り途中で止むとは思えないような雨が降っていました。浅草に着き、こんな天気だからとまずは室内で撮影しているうちに、窓の外はなんと雨から雪模様に変わっていたのです。

浅草寺では枝垂れ桜が見事に咲いていました。吐く息が白くなるほど寒く、また、雪の粒が写りこむほど降りしきっていましたが、雪に桜に浅草寺、赤い番傘に総絞りの豪華な振袖・・・こんなビジュアルが撮れる機会はそうそう無い。まさに揃った!という絶好のタイミング。友人もそのご主人(呉服屋)も着付け師さんもヘアメイクさんもそして私も、着ている本人そっちのけできゃあきゃあ大騒ぎです。浮世絵の世界を現実に見ているようでした。撮ったわたしはもちろん、おそらく撮られたほうも忘れないでしょう。

再び3月下旬、友人の京都行きに便乗して、初めて京都の桜を見たことは前回書きました。その際京都在住の友人に久しぶりに会い、桜の名所を案内してもらったのですが、京都に居を構える以前東京に住んでいた彼女は、こっちの人の花見は歩きながら眺めるもので、東京みたいに桜の下で宴会しないみたいと教えてくれました。こういう違いをきくのも面白いものです。

そして3月末。毎年恒例のキッズ伝統芸能体験の発表会が国立劇場大ホールで開催されました。日本舞踊に三味線、箏曲、小鼓、篠笛、尺八、それぞれを半年間稽古したキッズたちが成果を発表する二日間、劇場前の庭園はさまざまな種類の桜がまさに満開を迎えていました。

わたしにとっては毎年両日共客席と楽屋とを小走りで行ったり来たりする日なので、庭園の桜をゆっくりと見上げる余裕は皆無でしたが、それでも行き来のさなかロビーから見えた外の景色が桜色で、キッズたちの晴れの場を桜がお膳立てしてくれている心地がして、一瞬うるっとくるものがありました。

2022年の桜。印象深いシーンがいくつもあった一方で、ふだんの桜をすっかり見そびれました。

住んでいる街の商店街の桜並木や仕事場そばの遊歩道の桜並木、隣駅に向かう途中の通りに降りかかるように咲く大きな桜・・・。そうした桜は「ああ、今年も咲いたね」と心の中で呼びかけながら見上げる桜です。今年、いつもと違う桜をたくさん見たことで、「ふだんの桜」というものがあったんだということに気付きました。

 

行き暮れて 木の下蔭を宿とせば 花や今宵の あるじならまし 平忠度

(「平家物語」巻第九「忠度最期」より)

 

この和歌を詠んだとき忠度は来年の桜こそは・・・などときっと思い描いてはいなかっただろうと偲ばれます。「ふだんの桜」がいつまでもふだんであることを願わずにはいられないこの春です。

 

 

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  • この記事を書いた人

武藤 奈緒美

1973年茨城県日立市生まれ。 國學院大學文学部卒業後、スタジオやフリーのアシスタントを経て独立。 広告、書籍、雑誌、パンフレット、web等で活動中。 自然な写真を撮ることが信条です。 ここ10年程で落語などの伝統芸能、着物の撮影を頻繁にやっております。 移動そのものが好きで、その土地その土地の食べ物や文化に関心が強く、声がかかればどこにでも出かけ撮っています。 趣味は読書、落語や演劇鑑賞、歴史探訪。 民俗学や日本の手仕事がここ数年の関心事項です。 撮影を担当した書籍に「柳家喬太郎のヨーロッパ落語道中記」(フィルムアート社)、「さん喬一門本」(秀和システム)、「かぼちゃを塩で煮る」(絵と文 牧野伊三夫 幻冬舎)、「落語家と楽しむ男着物」(河出書房新社)など。[HP むーちょで候。]http://www.mu-cyo.com

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