稀人ハンター川内イオの東奔西走記 連載シリーズ

1日3000個売れる、大阪の小さなおはぎ屋さん

皆さん、こんにちは! 常識に縛られず、驚くような発想と行動力で世間をアッと言わせるような「規格外の稀な人」を追いかけている、稀人ハンターの川内です。

前回は、宮城県の鳴子温泉郷発の野菜ジェラートと、そのジェラートを生み出したジェラート職人、大澤英里子さんについて紹介しました。楽しんでもらえましたか?

今回の舞台は、大阪の下町。大阪駅から阪急電鉄宝塚線に乗って25分ほどで着く岡町駅で降りると、駅前から豊中市役所まで昔ながらのアーケード商店街が伸びています。

この桜塚商店街、1965年に誕生した時の面影を今も残していて、子どもがお小遣いを握りしめてたこ焼きを買いにきたり、地元のおじいちゃん、おばあちゃんがお店の人と話に花を咲かせていたりするような温かい雰囲気の場所です。歩いているだけで懐かしさを感じるこの商店街のアーケードを抜けてすぐの場所にあるのが、「森のおはぎ」。

商店街の一角にある小さなお店で、決して目立つ店構えではないのですが、ここ、なんとお彼岸の日には1日3000個のおはぎが売れる超人気店! ということで、今回は元デザイナーで、独学でおはぎを作り始めたという店主の森百合子さんを紹介します。

▼テキスタイルデザイナーからおはぎ屋さんへ

そもそも僕がなぜ、おはぎに興味を持ったのかと言うと、おはぎが大好物だったから……というわけではありません。子どもの頃から今に至るまで、いわゆる普通のあんこと黄な粉のおはぎしか食べたことがなかったし、それも実家で出されたら食べる程度で、自分で購入したこともありませんでした。なので、大人になって実家を出てからは、1年に1回もおはぎを食べていなかったと思います。

ところがある日、たまたま手に取った『週刊文春』におはぎ屋さんの特集ページがあり、いくつかのお店が取り上げられていたなかで、小ぶりで品のある、彩り鮮やかなおはぎに惹きつけられました。僕のおはぎのイメージを覆すそのおはぎ屋さんが、森のおはぎ。

気になってググってみると、関西では様々なメディアでたびたび取り上げられている行列のできる人気店で、豊中市にある本店のほか、関西一の歓楽街とも称される大阪の北新地にもお店を出していました。おはぎに行列!? 北新地にも進出!? ますます興味が募った僕は、創業者の森百合子さんに話が聞きたくて、大阪に向かったのです。

森さんは大阪芸術大学卒業後、大手の寝具メーカーに就職。寝具の生地のデザインを考えたり、ベビー布団の柄を描くテキスタイルデザイナーとして働いていました。そこで次第に、「自分の仕事は歯車の一部で、お客さんの顔も見えない」と疑問を抱くようになり、デザイン室の移転や結婚も重なって、退職。

岡町で新生活を始めた時、「なにかできることないかな?」と旦那さんに相談したのがきっかけで、おはぎを作って売ることを思いついたそうです。なぜなら、おはぎを食べ比べするほど、おはぎが大好きだったから。

それから、友人や知人、初めて出会う人にも「私、おはぎ屋さんするのが夢やねん」と伝えるようになると、とんとん拍子でイベント開催が決定。その時に、「食べたことない、見たことないおはぎを作らなきゃ、誰も来てくれへん」と思い、見た目や大きさ、味、食感などすべてにこだわった、自分がおいしいと納得できるおはぎを作り始めました。

そうして出来上がったのが、雑穀を使い、素材の風味や香りをいかした、カラフルでかわらいらしいおはぎ。女性でも食べやすいようにと、赤ちゃんのこぶしほどの大きさで、繊細な和菓子のようにも見えます。

▼小さなおはぎの展覧会

この「食べたことない、見たことないおはぎ」の人気に火が着くのは、あっという間でした。2009年12月、森さんにとって初めてのイベントで200個のおはぎが完売すると、あちこちのイベントから声がかかるようになり、出店するたびに完売。

その後、信頼する人たちからの後押しもあり、2010年7月7日には、岡町に店舗を開きました。オープン初日には長蛇の列ができて、2時間で350個以上のおはぎとわらび餅(森さんはわらび餅も大好きなんです)が売り切れたそうです。

それから10年が経った現在。大阪の北新地にも店を出して、森さんは2店舗を営む経営者になり、スタッフも20人まで増えました。それでも森さんの「おいしいおはぎを作って、お客さんに届けたい」という想いは揺るがず、今もスタッフと一緒におはぎを作っています。「スタッフとみんなで楽しく作っていると自分も元気もらうし、ぜんぜん苦ではないかな」と話す森さんの笑顔が印象的でした。

この日は日帰り出張だったので、東京の自宅に戻ってから、森さんが作ってくれたおはぎをパクリ。むむっ。パクリ、パクリ。むむむっ。パクリ。おはぎってとにかく甘くてボッテリした印象しかなかったけど、どれも上品な甘みと素材の味のバランスが絶妙で、口のなかに広がる優しいハーモニー……。これはもう、おはぎという小さな作品の展覧会や! と興奮し、一気に4個も平らげてしまいました。

森のおはぎはインターネット販売をしていないので、岡町か北新地のお店でしか購入できません。僕はまた岡町の本店でおはぎを買い、桜塚商店街をブラブラして、近くの公園でおはぎをつまもうと妄想しています。

 

稀人ハンターの旅はまだまだ続く――。

 

  • この記事を書いた人

川内 イオ

1979年、千葉生まれ。ジャンルを問わず「規格外の稀な人」を追う稀人ハンター。新卒で入社した広告代理店を9ヶ月で退職し、03年よりフリーライターに。06年、バルセロナに移住し、ライターをしながらラテンの生活に浸る。10年に帰国後、2誌の編集部を経て再びフリーランスに。現在は稀人ハンターとして多数のメディアに寄稿するほか、イベント企画も手掛ける。 『農業新時代 ネクストファーマーズの挑戦 (文春新書)』 『BREAK!「今」を突き破る仕事論(双葉社)』等、著書多数。 ホームページ:http://iokawauchi.com/

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