稀人ハンター川内イオの東奔西走記 連載シリーズ

夏になると必ず思い出す、あの島、あのお肉

皆さん、こんにちは! 常識に縛られず、驚くような発想と行動力で世間をアッと言わせる「規格外の稀な人」を追いかけている、稀人ハンターの川内です。僕は1年中、取材で全国を飛び回っているのですが、今回は「夏になると必ず思い出す、あの島、あのお肉」について書こうと思います(笑)。

 

読者の方にもそれぞれ「思い出深い旅」があると思いますが、僕にとってそれは、2018年の夏に行った北海道の焼尻(やぎしり)島です。焼尻島は、北海道の北西に浮かぶ小さな島で、僕が訪ねた2年前は、人口200人弱、羊が約500頭という人より羊が多いところでした。

 

この島に行くために、朝5時前に東京の自宅を出て、電車、飛行機、バス、船を乗り継いで、焼尻島に到着したのが15時前だったので、だいたい10時間。成田空港からフィンランドの首都ヘルシンキまで約10時間だから、もうちょっとした海外旅行気分です。

「世界一にして幻」の羊肉

片道10時間もかけて焼尻島に向かったのは、もちろん理由があります。数年前、某紙の仕事で日本を代表するフレンチのシェフ、三國清三さんにインタビューする機会がありました。北海道の食材が持つポテンシャルがテーマで、その時に一番インパクトがあったのが、「焼尻島で飼われているサフォーク種の羊の味は、世界一だ」とう言葉でした。

 

調べてみると、焼尻島ではイングランドのサフォーク州原産の足と顔が黒い羊が500頭ほど放牧されていることがわかりました。その羊肉は1キロ5000円の超高級品で、日本の名だたる高級レストランに卸され、なかなか一般の市場に出回らないことから、「幻の羊肉」と言われていると……。そう、焼尻島には「世界一にして幻」の羊肉があるのです。

 

僕の母親は北海道出身で、僕も子どもの頃から日常的にジンギスカンを食べていたので、羊肉は大好き。だから「世界一にして幻の羊肉が食べたい!」という極めてシンプルな理由で、焼尻島に足を運んだのです。

 

レストランに行けばいい? ノンノンノン! 焼尻島では年に一度、2日間だけ、島の港で「幻の羊肉」が格安で販売され、その場でバーベキューできる「焼尻めん羊まつり」が開催されています。僕のお目当てはまさに、このお祭りでした。

島につくと、そこはバーベキュー天国。港に日よけテントが立ち並び、その下でたくさんのお客さんが炭火の焼き台に向かっていました。

 

いくらお祭りといっても、そこは「幻の羊肉」。1日の販売個数が決まっていて、購入できるのは1人1パックのみ。売り切れたらそこで終了です。「絶対に負けられない戦いがここにある……」船から降りた僕は、オリンピックの競歩選手のような速足で売り場に向かい、パックに入った羊肉、1200円を購入することに成功しました。

港に設置された数十台の焼き台は無料。ほかの出店で野菜や海鮮も売っていて、空いているところで自由にバーベキューしてください、という良心的なシステムです。 僕は「とにかくこの肉を食べたい!」という欲望マックスだったので、ほかの食材には目もくれず、すぐに肉を焼き始めました。

 

炭火に焙られて、プツプツと浮き上がってくる肉汁。それがポタポタと滴るのを見て、たまらず肉を口のなかに放り込みました。最初に感じたのは、プルンプルンの弾力とホンノリとした塩味。羊肉独特の臭みはほとんどなくて、なんの味付けもしていないのに、じゅわっと舌の上で広がる豊かな滋味……。それから僕は、無言で肉を網に載せる、焼く、噛むをループするマシーンになりました。

 

焼尻島で羊を飼い始めた意外な理由

ちなみにこの日、焼尻島にある民宿4軒はすべて満室で、僕はキャンプ場で1泊しました。これだけの人を惹きつける羊肉は、どのようにして生まれたのでしょうか? その秘密を知りたくて、島のすべての羊を飼っている「焼尻めん羊牧場」で話を聞きました。

 

「羽幌町はずっと漁業の町だったですよ。ニシン漁が盛んでね。でもだんだんニシンが獲れなくなって、昭和37年(1962年)に不漁対策として町が羊を漁師に貸し出したんです。毛を刈って副収入にしてもいいし、自分のセーター、靴下、帽子を作ってもいい。万が一、食料がなくなったら食べてもらおうと」

 

意外な理由から始まった島と羊の関係。1966年には「町営焼尻めん羊牧場」を設立され、羊毛、羊肉兼用のコリデールという種類の羊が104頭、導入されました。その3年後、羊肉専用のサフォーク種がオーストラリアから100頭やってきたのです。その頃、日本はジンギスカンブームだったため、途中でフォーク種だけの飼育に切り替わりました。

 

焼尻島のサフォーク種の羊肉は、フランスで最高級の評価を得ている、ブルターニュ地方で育った羊の肉「プレ・サレ」に勝るとも劣らない評価を得ています。プレは牧場、サレは塩味という意味。大西洋に面したブルターニュ地方で育てられた羊は、ミネラル豊富な海水の塩分を含む風を受けて育つ牧草を食べます。そうすると、肉も豊かな風味を持つようになるのです。たまたま、海に囲まれた焼尻島も同じ環境にありました。

「ここは海が近く遮るものもないので、ミネラル豊かな潮風に晒された草にも塩分が移ります。うちの羊は夏の間、24時間放牧されていて、その草だけを食べて育つから、肉がおいしくなるんです。周囲12キロの小さな離島で、羊を襲う野犬やキツネ、へびなどの天敵が存在しないので、羊たちがストレスなく過ごせるのも大きいですね」

 

1キロ5000円の羊肉が、まさか漁師の不漁対策だったとは!!

 

夜は、海沿いの無料キャンプ場で満天の星空を見ながらロマンチックに爆睡(最高に気持ち良かった!)。翌日は10時半からお祭りがスタートするので、港でモーニングバーベキューです。焼尻サフォークに加えて、島のまわりで採れたというウニ(中型1個300円!)もふたつ購入。自分史上、これほど贅沢なモーニングセットがあっただろうか! いや、ない。

 

ひとつだけ残念だったのは、取材だったのでひとりだったこと。家族や友人たちと一緒だったら、おいしさも楽しさも倍増間違いなし! ということで、焼尻島は今も、僕の「必ず再訪するリスト」のトップにつけています。

 

稀人ハンターの旅はまだまだ続く――。

 

※この取材は、2018年に行ったものです。

 

  • この記事を書いた人

川内 イオ

1979年、千葉生まれ。ジャンルを問わず「規格外の稀な人」を追う稀人ハンター。新卒で入社した広告代理店を9ヶ月で退職し、03年よりフリーライターに。06年、バルセロナに移住し、ライターをしながらラテンの生活に浸る。10年に帰国後、2誌の編集部を経て再びフリーランスに。現在は稀人ハンターとして多数のメディアに寄稿するほか、イベント企画も手掛ける。 『農業新時代 ネクストファーマーズの挑戦 (文春新書)』 『BREAK!「今」を突き破る仕事論(双葉社)』等、著書多数。 ホームページ:http://iokawauchi.com/

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