稀人ハンター川内イオの東奔西走記 連載シリーズ

定期的に訪ねたい!旬の素材を使ったヘルシージェラート

どことなく異国情緒を漂わせるジェラティエーレの磯部浩昭さん

みなさん、こんにちは! 常識に捉われないアイデアと大胆な行動力を持つ「世界を明るく照らす稀な人」を追いかけて東奔西走、稀人ハンターの川内です。

 

最近の東京は、Tシャツで十分なほどに暑くなったと思ったら、ダウンジャケットを引っ張り出したいほど冷え込んだりと、変化の激しい日々です。とはいえ、気持ちのいい天気の日も多く、春を楽しんでいます。

 

これからどんどん暖かくなるにつれて、外に出る時間も増えていきますよね。今日はどこに行こうかなと考える時、いつも食べ物のことばかり考えている僕は「なにを食べたいか」で決めることが多いのですが、今回は「目的地になるジェラート屋さん」を紹介します。

 

え、春にジェラート? と疑問に思うかもしれません。でも、横浜市青葉区にある「Quattro Panchine(クアットロパンキーネ)」は、季節を問わず定期的に通いたくなるジェラート屋さん。しかも、すっごくヘルシーなんです。

よくわからないまま決めた就職

お店の外のイートインスペースでカフェもできる。

最寄り駅は、東急田園都市線の藤が丘駅。そこから徒歩10分ほどでクアットロパンキーネに到着します。ここでは、一般的なジェラート屋さんで当たり前に使用されている乳化剤、安定剤の代わりに、米粉、こんにゃく、イヌリン(菊芋などの主成分のひとつである食物繊維)を使うなど、自然素材(ビオ)にこだわったジェラートを作っています。

 

それだけではありません。ジェラートの素材として、有機栽培、自然栽培されている旬のフルーツを直接生産者から仕入れているのです。そしてオーナーはイタリアの最大のジェラートイベント「sherbethfestival 2018」で、日本人として唯一の入賞経験が!

 

ビオ&フレッシュな旬の素材、そしてイタリア人を納得させる技術。どうです? 気になるでしょう。僕が取材に行った日は、入れ代わり立ち代わり、お客さんが訪ねてきていました。子ども連れのお母さんから、ポロシャツ姿の紳士まで幅広い客層です。ジェラートを受け取ると、ほとんどの人がイートインできるお店のなかか、お店の外に置かれたベンチで、ペロリと食べ始めます。

 

その姿に目を奪われながら、まずはイタリアで受賞経験のあるジェラティエーレでこのお店のシェフを務める磯部浩昭さんに話を聞きました。

 

福島出身で、埼玉の大学に進学した磯部さん。学生時代は、アルバイトで稼いだお金を飲み会と遊びと旅行に費やす、どこにでもいる若者のひとりでした。「すごく楽しかった」という伊豆のペンションでのアルバイトの影響で、「会社員をやるより、お店で働きたい」と思った磯部さんは、大学4年生の秋、アルバイト雑誌でたまたま見つけたイタリアレストランの「社員募集」に応募。

 

料理の知識もレストランで働いた経験もなかったため、面接の時に「君、レストランは無理だね」と言われてしまったのですが、その会社の主力事業はジェラートの製造機器の輸入販売で直営店もあり、「ジェラートのほうをやってみない?」と誘われました。その場でよくわからないまま「わかりました」と答えて、採用されたそう。

衝撃を受けたイタリア出張

ほかの同級生と同じタイミングで、大学卒業後の1998年春に入社。配属されたのは、1日最大100万円、ひと月1000万円を売り上げるほどの人気だった直営のジェラート屋さんでした。フリーターや学生のアルバイトに教えを請い、朝から晩までひたすらフルーツの処理をしたりしながら、ジェラートの作り方を学びました。

 

磯部さんを劇的に変えたのは、入社して3年目、25歳の時に社員研修で行ったイタリアです。ローマ、フィレンツェ、ヴェネツィアを巡った磯部さんは衝撃を受けました。

 

「ジェラートがイタリアの食文化のひとつということは知っていましたけど、僕は本場のジェラートを見たことも触れたこともないまま作っていたんです。それでイタリアに行ったら、町のいたるところにジェラート屋があって、お店によって個性が違う。生活に密着した文化を目の当たりにした時に、これはすごいなと驚きました」

 

このイタリア訪問を機に、現地で見聞きしたこと、得た知識を日本で表現したい、知らない人に伝えたいという想いが芽生え、前のめりで働くようになりました。仕事が楽しくなるにつれて社内での立場も良くなり、数年に一度はイタリアに研修に行く機会を得ました。そのたびに新しい情報、使ったことのない素材を見つけ、イタリアは伝統を守りながらも時代に合わせて進化していると肌で感じて、ジェラート作りに邁進しました。

ひとりでイタリア最大のジェラートイベントに参加

ジェラートへの探究心は留まることを知らず、2016年には休暇を取って、ひとりでイタリアに向かいます。この時、シチリア島で行われるイタリア最大のジェラートイベント「SherbethFestival」に単身で参加。4日間続くこのイベントでは、イタリア人を中心にジェラティエーレが50人ほど集い、一本の通りに自分のブースを出して、ジェラートを振る舞います。イタリア人は夜にジェラートを食べるので、スタートは17時。それから深夜1時、2時まで通りは人で賑わうそうです。

 

この年、日本人のジェラティエーレは磯部さんのほかにひとりだけで、あとはほぼイタリア人。食べ歩きをするお客さんも、イタリア人ばかり。この環境で自分のジェラートを売るのは勇気がいりましたが、たくさんのイタリア人が食べに来て「すごくおいしい!」と言ってくれました。

 

この体験が大きな転機となり、およそ20年務めた会社を辞めて独立しようと考えた磯部さん。かつての同僚にその話をした時、「一緒にやろう」と盛り上がり、2017年、横浜市青葉区に立ち上げたのがクアットロパンキーネです。

 

店の名前は、「4つのベンチ」という意味のイタリア語。相棒がイタリア留学していた学生時代、いつも友だちと待ち合わせする場所に4つのベンチがあり、仲間内で「じゃあ、今日もクアットロパンキーネで!」と合言葉のようになっていたそうです。それで「いろいろな人が集まる場所になればいいな」という想いを込めたと言います。

「誰もが知っているものだけ」で作るジェラート

メニューを読むだけで心躍る

お店をオープンするにあたり、ジェラートに使うものは自然素材にこだわりました。先述したように、乳化剤、安定剤の代わりに、米粉、こんにゃく、イヌリン(菊芋などの主成分のひとつである食物繊維)を使用しています。これは、決して簡単な変更ではなく、何度も試作を重ねたと言います。そこまでするのは、安心感と味を両立させるためでした。

 

「自分がよくわからないものを口に入れたくないし、売りたくないから、誰もが知っているものだけで構成しようと思ったんですよね。それに、安定剤や乳化剤を入れると、素材そのものの風味や香りが消えちゃうんです。だから、自然のものだけで作った方が絶対においしい。それに、イタリアではだいぶ前からビオが当たり前で、僕が知っているジェラート屋さんはみんな自然素材しか使っていないので」

 

磯部さんは、ジェラートに使う卵やフルーツも有機栽培や自然栽培のものを積極的に取り入れてきました。これも、自分やお客さんの安心感を高めるだけでなく、「慣行栽培の作物と比べて、果物が持っているパワーが劇的に違って圧倒的においしい」と感じているからです。

 

開店後、お店の近くに意外なほど農家が多いことを知り、近隣の生産者からも仕入れるようになりました。例えば、バニラに使用しているのは横浜市都筑区にある養鶏場の採れたて卵。ほかにも、近場で育てられているイチゴや梨、柿、イチジクなど旬のフルーツを購入しています。

「sherbethfestival-2018」で入賞

磯部さんは店頭に立ちながら、2017年以降もシチリアのイベント「SherbethFestival」に参加し続けました。そして3回目の2018年、日本のお豆腐屋さんから仕入れた絞りたての豆乳とイタリア人が受け入れやすいピスタチオを使用した「豆腐とピスタチオのジェラート」で53人中トップ10に入る評価を得て日本人で唯一入賞し、オリジナリティ特別賞も受賞したのです。

初めての味に脳内スパーク

お客さんで賑わう店内

ひと通りの話を聞いた後、ジェラートを注文することにしました。クアットロパンキーネのショーケースを眺めると、色鮮やかなジェラートの素材を示すプレートに産地が記されています。「石垣島産パイナップル」「奄美大島産アップルマンゴー」「静岡県産有機栽培ミント」「長野安曇野のおぐらやま農場より完熟桃」「伊勢原市の3牧場の生乳」などなど、その日のメニューの味を想像してワクワクするのは僕だけではないでしょう。

 

この時は、ピスタチオ、マンゴー、プラムのトリプルを注文しました。どれも、最初の一口は目が覚めるほど濃密なのに、後味は雲一つない青空のように爽やかで、「なんだこれ!?」と脳内がスパークしました。これまで食べてきたジェラートとは明らかに違う味で、もう止まりません。あっという間に食べ終わった後の、喪失感……。四季に合わせて旬の味を揃えているヘルシーなジェラート屋さんは、うちの近所にはありません。今度また横浜まで遠征して、別の味を食べようと誓いました。

 

稀人ハンターの旅はまだまだ続く――。

 

ACCESS

クアットロパンキーネ

神奈川県横浜市青葉区柿の木台13-3

045-299-2760

 

  • この記事を書いた人

川内 イオ

1979年、千葉生まれ。ジャンルを問わず「規格外の稀な人」を追う稀人ハンター。新卒で入社した広告代理店を9ヶ月で退職し、03年よりフリーライターに。06年、バルセロナに移住し、ライターをしながらラテンの生活に浸る。10年に帰国後、2誌の編集部を経て再びフリーランスに。現在は稀人ハンターとして多数のメディアに寄稿するほか、イベント企画も手掛ける。 『農業新時代 ネクストファーマーズの挑戦 (文春新書)』 『BREAK!「今」を突き破る仕事論(双葉社)』等、著書多数。 ホームページ:http://iokawauchi.com/

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