稀人ハンター川内イオの東奔西走記 連載シリーズ

沖縄・コザの映画館「シアタードーナツ」。県外の映画ファンも足を運ぶ理由とは?

みなさん、こんにちは! 常識に捉われないアイデアと大胆な行動力を持つ「世界を明るく照らす稀な人」を追いかけて東奔西走、稀人ハンターの川内イオです。

 

自分が最近、最もよく口にしている言葉は間違いなく「暑い」。本格的な夏がきましたね。毎年のように、夏が来る! と思うとワクワクするんだけど、夏真っ盛りになる頃には、「暑すぎ……秋が待ち遠しい」という気持ちになります。

 

ここまで灼熱だと、アウトドアでなにかするのは危険! でも、家にずっとこもっていたら運動不足になるし、なんとなく気が晴れない。涼しいところで別世界に浸りたい……という望みを叶えてくれるところ、それは映画館!

 

皆さん、最近、映画を観てますか? 僕の周りでは、映画館で観ると高いし、ネットフリックスやアマゾンプライムなどの動画配信サービスでいくらでも映画が配信されているから、それを観ればいいという人も少なくありません。

 

僕は、言いたい。それはもったない! 映画は映画館の大きなスクリーンで観ることを前提に作られています。暗闇のなかで2時間前後、作品の世界に没頭するのと、スマホや生活の雑事に気を取られながら小さな画面を眺めるは、体験としてまったくの別物。配信されている映画で十分というのは、うな重を食べたいという人が、ウナギのタレだけをかけたご飯(実際に売っているそうです)で「十分」と言っているようなものです。

 

そして、映画館にも個性がある。今回はとてもユニークな取り組みをしていて、沖縄市・コザの「シアタードーナツ」を紹介しましょう。これから沖縄旅行を計画している方、ここは旅の間の気分転換、息抜きにバッチリの映画館ですよ!

前説、後説を務めるオーナー

コザの一番街商店街入り口に建つシアタードーナツ

沖縄の那覇から車で約40分、沖縄市コザの国道330号線沿い、昔ながらの雰囲気が漂う一番街商店街の入り口に、シアタードーナツはあります。1階と2階にそれぞれ20席ほどの客席がある、小さな映画館。アメリカンな雰囲気の内装で、名物は毎朝手作りするドーナツです。

毎朝手作りしているドーナツ

一般的な映画館では上映前に別の映画の予告編が流れますが、シアタードーナツではその代わりに、オーナーの宮島真一さんが「前説(まえせつ)」を務めます。僕が取材に行った時は、「初めてここに来た人、いますか?」という問いかけに、ふたりの女性が手を挙げました。「どこから?」と聞かれ、ひとりが「奈良から来ました」と答えました。そう、この映画館は沖縄県内だけでなく、県外からも観客を惹きつけているのです。

前説をするオーナーの宮島さん

宮島さんは映画の上映後、「後説(あとせつ)」もします。例えば、僕が取材時に観た『ブータン 山の教室』の上映後には、映画はフィクションでありながら、登場人物の多くが映画の舞台になっている辺境の村ルナナの住民ということ、登場人物のなかでも特に印象的なひとりの少女が映画の設定と同じような生活をしているんですよ、と紹介していました。

 

映画館で映画を観る前後に解説や裏話を聞いたことがなかったので、それはとても新鮮な体験でした。僕はもっと映画のエピソードが知りたくなって、パンフレットも購入しました。同じような人がたくさんいるらしく、シアタードーナツではパンフレットがよく売れるそうです。

カフェの壁に貼られた映画の感想

映画館に併設されたカフェスペースには、観客が書いた映画の感想がたくさん貼ってあります。手書きのコメントが新鮮で、じっくり読み込んでいた時、ふと不思議に思いました。なんでもSNSに投稿する時代に、シアタードーナツの観客はなぜ、わざわざ紙に感想を書くのだろう? 「いいね!」もコメントもつかないのに。その理由は、映画愛に溢れたオーナーの宮島さんにある気がするのです。

2本の映画の制作に携わる

コザで生まれ育った宮島さんは、小学生4年生の時にスティーヴン・スピルバーグ監督の『E.T.』を観て、映画の虜になりました。中学生になると、気に入った映画のチラシを映画館から持ち帰り、教室の壁に貼ってクラスメートに勧めるように。高校、大学に進学しても、社会人になってからも、映画は常に宮島さんの日常にありました。

 

最初の仕事は、バンド活動をしていた大学時代の仲間が立ち上げたライブハウスの店長。次は、コミュニティラジオを立ち上げた大学の同級生から「パーソナリティをやらない?」と声をかけられて「FM那覇」のパーソナリティに。それだけでは食べていけず、結婚式やイベントの司会もしたそうです。

 

仕事の合間に、時間を見つけては映画館に足を運び、映画のチラシを持ち帰っては、身近な人に「この映画、面白かったよ」と勧めました。慌ただしい日々のなかで、映画館の暗い空間は宮島さんのオアシスでした。

 

2003年、30歳の時に知り合いのツテで初めて仕事として映画に携わります。沖縄を舞台にした『風音』(東陽一監督)という映画で、3カ月間、裏方として働いたそうです。この映画の宣伝にも携わった宮島さんは、自分の名前が出ている誇らしさもあって、イベントを企画するなど沖縄中を走り回りました。それでもなかなか観客が増えず、「映画を作るだけじゃなくて、観せるために求められる努力も半端じゃない。映画は本当に大変だ」と身に染みたと振り返ります。

制作に携わった映画『涙そうそう』

『風音』の裏方を始める時にFM那覇のパーソナリティを辞めた宮島さんは、その仕事を終えた後、今度は地元のコミュニティラジオ「FMコザ」でパーソナリティに就きました。この仕事していた時、『涙そうそう』(2006年公開)に出演する妻夫木聡さんや長澤まさみさんたちに沖縄の言葉のイントネーションを指導するという大役も担いました。

 

「今回は役者に寄り添う立場だったので、また新たな映画作りの一面が見られて、とにかく楽しかった。役者さんたちとうちで何度も飲んで、いろんな話をして。夢のような時間でした」

プータローからテレビ番組のメインMCに

『涙そうそう』の完成を見届けた宮島さんはその後、公共施設の運営を担うNPOのスタッフになりました。しかし想像以上に多忙で疲弊し、2年で退職。その後の仕事も続かず、妻と3人の子どもがいるのに「プータロー」になってしまい、軽いうつ状態になってボーっとしていた時に、コザで飲食店を経営している友人から連絡が。

 

「沖縄市が広報番組を作るみたいだから、プレゼンに参加することにした。その番組で、メインMCをやってくれないか?」

 

よくわからないままOKしたところ、その企画が採用され、2014年、沖縄市コザを紹介する新番組『コザの裏側』のメインMCになりました。この番組は毎週月曜放送で、ほぼ毎回、取材があります。プータローから一転、メインMCとしてあちこちに取材に出向くようになった宮島さんは、いつの間にか元気を取り戻しました。

 

同じ年、沖縄市観光協会の予算で『ハイサイゾンビ』という映画が制作されました。映画が無事に完成したところで、どこでどう映画を流すのかという計画がなく、上映のめどが立っていないことが判明。この映画の制作にも携わっていた宮島さんは、自ら上映会を企画しました。

 

友人が経営するカフェバーを貸し切り、監督や出演者をゲストに招いて1日に4、5回上映(映画は40分の短編)。そして上映後、ゲストがトークをしたり、宮島さんが映画の裏側を話したりしました。想像以上に盛況だったこの上映会が、新たな気付きをもたらしました。

 

「映画って、映画館じゃなくても、簡易な機材でも、多少明るくても、ちゃんとムードを作れば楽しめるんだ!」

42歳でシアタードーナツのオーナーに

その頃、地元の仲間や映画を通じて知り合った映画関係者たちと「コザに映画館を作ろう」という話で盛り上がりました。そのうちのひとりが、出資すると宣言。その際、「映画業界にパイプがある宮島の力が必要だ。一緒にやろう」とオファーされ、腹をくくりました。

 

2015年4月、コザの一番街商店街の入り口に建つビルの2階を借りて、シアタードーナツがオープン。当初は、沖縄県をテーマにした映画や沖縄出身の監督の映画に絞って上映していたのですが、ビックリするほどお客さんが来なかったそうです。

 

1年間、試行錯誤を重ねたものの、オープン前に期待した売り上げには到底及ばず、出資者が「これ以上、投資できない」とさじを投げました。その時、宮島さんが「経営を引き継ぎます」と手を挙げたのです。

 

42歳にしてシアタードーナツのオーナーになった宮島さんは、2016年7月、初めて沖縄に関係のない映画を流すことにしました。大阪朝鮮高級学校ラグビー部に3年間密着したドキュメンタリー『60万回のトライ』。これは、琉球大学准教授で社会学者の野入直美さんから「流してほしい」と依頼があった映画で、大阪朝鮮高級学校ラグビー部と対戦したことがあるコザ高校ラグビー部の選手、指導者、部活のOBや保護者たちにこの映画を届けたいという意志を持っていました。上映会は盛況に終わり、この時、宮島さんはまたひとつ、新たなヒントを得たそうです。

 

「僕は藪から棒にみんな観に来てって言ってたけど、『60万回のトライ』を観に来た人は映画ファンじゃなくて、映画が持つメッセージやテーマに興味があるから観に来たんですよね。映画をどう届けるかを考えた時に、それがすごく大きなヒントになりました」

「前説」「後説」が始まった理由

県外からも映画ファンが集うシアタードーナツ

それからは、「この人にこの映画を観せたら喜んでくれるだろう」「この人にはこの映画が役に立つかもしれない」という視点で映画をセレクトするようになりました。おのずと、社会的な課題を扱ったまじめな映画が多くなりましたが、観客は増えていきました。

 

シアタードーナツで最大のヒット作は『人生フルーツ』。2017年に上映を始めると、ずーっとお客さんが途切れず、今もロングランが続いています。あまりに『人生フルーツ』の人気が続くので、宮島さんは上映前にこんな映画もあるよ、あんな映画もあるよと紹介をし始めました。すると、そんな映画もあるのか、面白そうだと、上映しているほかの映画に観客が流れていくようになりました。これが現在の「前説」「後説」につながっています。

 

シアタードーナツの存在は、徐々に映画ファンの間で知られるようになりました。宮島さんは2019年7月、もともと1階に入っていた店舗が抜けたのを機に、思い切って1階も映画館にしました。シアタードーナツがオープンしてから、8年目。宮島さんは今日も階段を登り下りしながら、映画の紹介を続けています。

 

宮島さんの解説が聞きたいので、次回、沖縄を訪ねる時にもシアタードーナツに立ち寄ろうと思います。

 

稀人ハンターの旅はまだまだ続く――。

ACCESS

シアタードーナツ・オキナワ

沖縄県沖縄市中央1-3-17(沖縄市胡屋バス停前)
営業時間:10:30 〜 最終上映が終わり次第
年中無休 ※ 年末年始を除く

 

 

  • この記事を書いた人

川内 イオ

1979年、千葉生まれ。ジャンルを問わず「規格外の稀な人」を追う稀人ハンター。新卒で入社した広告代理店を9ヶ月で退職し、03年よりフリーライターに。06年、バルセロナに移住し、ライターをしながらラテンの生活に浸る。10年に帰国後、2誌の編集部を経て再びフリーランスに。現在は稀人ハンターとして多数のメディアに寄稿するほか、イベント企画も手掛ける。 『農業新時代 ネクストファーマーズの挑戦 (文春新書)』 『BREAK!「今」を突き破る仕事論(双葉社)』等、著書多数。 ホームページ:http://iokawauchi.com/

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