稀人ハンター川内イオの東奔西走記 連載シリーズ

茶園ツーリズムの先駆け 京都・おぶぶ茶苑のユニークな取り組み

皆さん、こんにちは! 常識に縛られず、驚くような発想と行動力で世間をアッと言わせる「規格外の稀な人」を追いかけている、稀人ハンターの川内です。

 

さあ、5月に入りましたね! 読者の皆さんは、5月と聞いてなにを思い浮かべますか? 僕は「新茶のシーズンだな」と感じます。

「夏も近づく八十八夜~」という歌がありますよね。これは立春(今年は2月3日)から数えて88日目、例年5月の初頭から茶産地で始まる茶摘みの光景を描いた歌なんです。ちなみに、立春からきっちり88日目に摘まれたお茶は、末広がりの「八」が並ぶことから縁起物とされていて、その茶葉で淹れたお茶を飲めば、一年間元気に過ごせると言われているんですよ。

 

お茶と言えばペットボトルで飲むという人も多いと思いますが、茶葉から淹れたお茶のおいしさは格別。それに、茶畑自体も美しいので、新茶の季節にぜひ産地を訪ねてほしい! ということで、今回は京都の和束町にあるユニークな茶園、おぶぶ茶苑を紹介します。

 

「日本農業賞」の食の架け橋の部門特別賞を受賞

京都駅から車で約1時間のところにある和束町では、およそ800年前、鎌倉時代から山の斜面を切り拓いてお茶づくりが行われてきました。現在も京都最大の茶産地で、日本三大茶のひとつ、宇治茶の40%程度は和束産です。

この歴史と伝統ある町で、おぶぶ茶苑は異色の存在です。2004年にオンラインショップを立ち上げ、現在は世界116カ国に茶葉を直送。2008年からは、毎月1500円払うと年4回、300グラムの茶葉が届く「茶畑オーナー制度」もスタートし、国内外に750人の“オーナー”がいます(取材に行った2019年時点の数字)。

 

さらに、年間27人の外国人インターンを受け入れているほか、外国人旅行者向けの「ティーツアー」を定期的に開催し、毎年1500人を超える参加者を集めてきました。

 

こういった先進的な取り組みが評価され、今年2月には農業経営で優れた功績をあげた農家や団体を表彰する「日本農業賞」のなかで、食の架け橋の部門の特別賞を受賞しています。

 

おぶぶ茶苑を立ち上げたのは、喜多章浩さん。大学時代にアルバイトをしていた和束町でお茶に目覚め、大学を中退して1996年に新規就農。2002年に近隣の農家と組んで、おぶぶ茶苑の前身の農事組合法人を設立します。

 

僕が話を聞いたのは、おぶぶ茶苑の副代表、松本靖治さん。松本さんは、北海道大学の応援団出身、元建設会社のエンジニアで、個人トレーダーでもある茶業界の異端児です。

松本さん

お茶の生産を担当するのが喜多さんで、ネットショップや茶畑オーナー制度、インターンや外国人旅行者を対象にしたインバウンド事業は松本さんが企画から運営までを担っています。

 

▼「暗黒時代」からの転機

実は、最初から順風満帆だったわけではありません。資金繰りで苦しんでいるタイミングで1000万円を超える取り込み詐欺の被害にあったりして、2005年には喜多さんと松本さん以外のメンバーはみな離れていき、ふたりきりになってしまいました。ここからしばらく、「暗黒時代」(松本さん)が続いたそうです。

 

転機になったのは、「京都おぶぶ茶苑」として法人化し、英語での発信も始めた2008年。たまたまECサイトで使用していたショッピングサイトの担当者から茶畑オーナー制度のアイデアを聞いた松本さんは、「それ、やりましょう」と即決。国境なき医師団の「1日50円からの寄付で救える命」というキャッチコピーをまねて、「1日50円であなたも茶畑オーナーになれる」と銘打ち、茶畑オーナー制度をリリースしました。すると、松本さんが週に1回発行していたメルマガの読者を中心に4日間で100人から申し込みがありました。この時、松本さんは「これは、奇跡や」と思ったそうです。

 

申し込んでくれたオーナーに報いるために、松本さんは喜多さんと話し合って、おぶぶ茶苑が目指す方向性を改めて定めました。

「日本茶を世界へ」

 

「農業を楽しく」

 

「茶畑からの社会貢献」

 

この目標を発信すると、新たな風が吹きました。少しずつオーナーが増え始め、そのオーナーのひとりからの紹介がきっかけで、外国人インターンの受け入れも始まったのです。

 

▼100人超の外国人がインターンを経験

当時、英語で情報を発信している茶農家は珍しく、外国人を受け入れているところなどほとんどありませんでした。そのため、日本のお茶づくりに興味を持つ外国人が続々とおぶぶ茶苑を訪ねてくるようになりました。

 

新型コロナウイルスの影響がなかった2019年までは、1年間に9回、滞在期間3カ月のインターンの募集をしていて、各3人の枠に毎回20人ほどの応募がある人気ぶり。インターンを受け入れ始めた2012年から7年で、25カ国、112人の外国人がおぶぶ茶苑でインターンを経験したそうです。

 

最初のインターン生の発案で2010年からスタートした外国人旅行者向けの「ティーツアー」も、インターン生たちの意見をどんどん取り入れて、ブラッシュアップ。年間1500人を超える参加者を誇る人気ツアーになりました。

和束町に外国人がたくさん訪ねてくるようになると、ユニークな取り組みをしている茶園としてメディアに取り上げられる機会も増えました。それを見て、活動に共感した人たちが茶畑オーナー制度の会員になるという好循環が生まれ、オーナーが750人にまで増えたのです。

 

ティーツアーはもともと外国人観光客向けでしたが、コロナ禍でツアーの99%がキャンセルになったことを受けて、日本人向けのツアーが始まりました。また、多い時には100人を超える人が集まる茶摘み体験に参加することもできます(※開催時期等は要問合せ)。

 

おぶぶ茶苑の活動に興味を持った方は、ぜひ訪ねてみてください。僕が取材に行った時、一面茶畑の景色を何枚も写真に撮りました。初めて行ったのに、なぜか懐かしい感じがする風景でした。再訪する時は、自分で摘んだ茶葉でお茶を飲んでみたいと思います。

 

稀人ハンターの旅はまだまだ続く――。

※この取材は2019年に行ったものです。

 

 

  • この記事を書いた人

川内 イオ

1979年、千葉生まれ。ジャンルを問わず「規格外の稀な人」を追う稀人ハンター。新卒で入社した広告代理店を9ヶ月で退職し、03年よりフリーライターに。06年、バルセロナに移住し、ライターをしながらラテンの生活に浸る。10年に帰国後、2誌の編集部を経て再びフリーランスに。現在は稀人ハンターとして多数のメディアに寄稿するほか、イベント企画も手掛ける。 『農業新時代 ネクストファーマーズの挑戦 (文春新書)』 『BREAK!「今」を突き破る仕事論(双葉社)』等、著書多数。 ホームページ:http://iokawauchi.com/

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