フォトグラファー武藤奈緒美の「みる」日々 連載シリーズ

地べたを見る

フォトグラファーのむーちょこと、武藤奈緒美です。

日中はまだ多少の暑さが残っているものの、スーパーに並ぶ栗や梨で秋が来ていると実感する日々です。日没もだいぶ早くなりました。そういえば夜になると夏の間草むしりを怠った草ボウボウの庭から虫の声が聴こえます。夏の余韻と並行して静かに秋が訪れている今時分は一年の中でも特に好きな時期で、おそらく私は移り変わるその渦中が好きなのだろうと思います。

先日取材で地層を見てきました。

 

まだ記事の発行前なので場所の詳細は控えますが、なぜその場所は残れたのか、現在の形になるにはどのような変遷を辿ったのかを、地形や地層から探るという取材でした。

案内人はその道の研究者・T氏で、ライターYさんがT氏に導かれるままに歩いて回り、私は行く先々で風景や地層のみならず二人の探索する様子も写真に収めました。撮った写真はさながらロードムービーの如し、でした。

 

地殻変動が活発だった約1500万年前から縄文時代へ。年表で見ても書き込める要素が少ないからなのでしょう、その部分は短い帯で示されていることが多いですが、実際そこには想像が追いつかない膨大な時間が流れてきたわけで、その変遷を今の地形や地層、そこに埋没しているモノから推察していく過程が実に面白かった!

地球規模の気候変動、大地の隆起の繰り返し、火山の噴火、そして時代がずっとくだって人為的な川筋の変更。そうしたことの果てに今の地形があって、その間の時の流れが目の前の崖や川原の石に詰まっている。これまでの軌跡を踏まえるとこれからこういう変遷を辿るのではないか・・・とT氏は予測し、「自分が生きているうちは見ることが出来っこないんだけどね」と笑って言いました。

子どもの頃は「社会」とか「理科」とかに分かれて授業が行われてきたわけですが、こうして専門家と行動を共にし話を伺ってみると、そうした分類が便宜上に過ぎないことを実感します。

私は昔から日本史が好きでしたが、それって登場人物に興味があったんだなと今回の取材で気づきました。例えば「聖徳太子」とか「蘇我馬子」とか具体的に人物名が登場して以降の歴史にはものすごい興味があるけれど、石器時代とか縄文時代とかになるとどっちが先だか曖昧なくらい興味がそそられない。

ですが、そんな程度の日本史好きのスタンスでも、今回の取材のように地理とか地質学とかほかの要素が絡んでくると一気に興味が膨らみます。また、例えば現在そこにある神社がなぜ「そこ」に建てられたかを辿ると、民俗学や古事記が絡んでくる。地理や地質学とは全くベクトルが違うと思ってきた文系の領域との関連が生まれる。つくづく学問というのはさまざまな要素が交錯して成り立つものなのだなと思いました。ひとつところを掘っているだけではきっと鉱脈を掘りあてられない。さまざまなことへの造詣を深めないと辿り着けないし、そもそも面白がれないものなんだなと身を以て体験しました。

取材の最後、夕暮れ時に縄文時代の貝塚跡を訪れました。

丘の斜面一帯に散らばった貝殻がなかなかに壮観で、そこを撮影しながら、ああこの貝塚のそばで暮らしていた人たちは生きるために貝を採っては食べを繰り返して老いていったのだな、その基本的なところは自分と何ら変わりないのだなと、夕暮れ時も手伝ってかしみじみとした気持ちになりました。強烈に、ヒトの一生の時間の流れと地べたの時間の流れの違いを感じさせられました。地べたの変遷にかかる時間を思うと、ヒト一人の時間というのはあっという間なんだなと、当然の事柄に今更ながら深く納得したのでした。

帰りしな、T氏が丘を囲む森を見渡しながらおもむろに、「僕にはこの森の向こうに海が見える。ここに暮らした縄文人は潮が引いたときにこの丘をわらわらと降りて貝を採りに行ったんだと思うよ」と言いました。

実際の風景では森の向こうは平野で、海の気配は微塵もありません。ここの地べたの変遷を知るT氏だからこその発言ですが、一日取材をご一緒したおかげで、森の向こうにたゆたう海が私にも見えてくるようでした。もちろん写真には写らなかったですけども。

 

(写真は文章とは全く関係がないのですが、今年の夏訪れた800年程前一ノ谷の合戦があった界隈です。地べたの時間を考えると、800年すらきっとあっという間なんだろうなあ・・・)

 

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  • この記事を書いた人

武藤 奈緒美

1973年茨城県日立市生まれ。 國學院大學文学部卒業後、スタジオやフリーのアシスタントを経て独立。 広告、書籍、雑誌、パンフレット、web等で活動中。 自然な写真を撮ることが信条です。 ここ10年程で落語などの伝統芸能、着物の撮影を頻繁にやっております。 移動そのものが好きで、その土地その土地の食べ物や文化に関心が強く、声がかかればどこにでも出かけ撮っています。 趣味は読書、落語や演劇鑑賞、歴史探訪。 民俗学や日本の手仕事がここ数年の関心事項です。 撮影を担当した書籍に「柳家喬太郎のヨーロッパ落語道中記」(フィルムアート社)、「さん喬一門本」(秀和システム)、「かぼちゃを塩で煮る」(絵と文 牧野伊三夫 幻冬舎)、「落語家と楽しむ男着物」(河出書房新社)など。[HP むーちょで候。]http://www.mu-cyo.com

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