稀人ハンター川内イオの東奔西走記 連載シリーズ

テレビに3度取り上げられた「葛きゃんでぃ」、考案したのは老舗の元ギャル女将

こんにちは! 常識に捉われないアイデアと大胆な行動力を持つ「世界を明るく照らす稀な人」を追いかけて東奔西走、稀人ハンターの川内です。

 

4月に入りましたね! 東京は桜満開で花見も真っ盛り……なのですが、僕は花より団子タイプ。今回は、旅の目的地になる和菓子屋さんを紹介します。

 

埼玉県桶川市に3店舗を構える、創業1887年(明治20年)の老舗和菓子店「五穀祭菓をかの」。もしかすると、知っている! 聞いたことがある! という読者さんもいるかもしれません。2022年3月27日に放送されたテレビ番組『所さんお届けモノです』のお届けモノアワードにて、最優秀お届けモノ賞を受賞した商品「葛きゃんでぃ」を作っているのが、このお店です。

 

僕はこの番組が放送される1カ月半ほど前に取材に行き、葛きゃんでぃもお土産に買って帰ったので、受賞も嬉しかったです。ちなみに、この商品を開発したのは、6代目の榊 萌美(さかき もえみ)さん。意外なことに元ギャルなんです! 彼女がどういうきっかけで家業に就き、葛きゃんでぃを開発したのか、振り返ってみましょう。

教師を目指して進学するも……

五穀祭菓 をかの6代目店主 榊 萌美さん

榊さんは、1995年生まれ。老舗和菓子店「五穀祭菓をかの」本店は桶川駅前の商店街にあり、商店街を遊び場にして育ちました。明るく朗らかな榊さんは、子どもの頃から大勢の友だちに囲まれていたそうです。ただ、少し気が弱いところがあり、友だちから嫌われないようにいつも気を使っていました。

 

中学時代から化粧を始め、高校に入るとすっかりギャルに。それも、友だちとの関係でいつもビクビクしていた自分を強く見せるためという意味もあったと振り返ります。

 

見た目はギャルでも根はマジメなので、「ちゃんと人の役に立てる大人になりたい」と考え、教師になろうと大学に進学。ところが、大学の教育学部にはギャルがいなくて、いきなり浮いた存在になってしまいます。しかも、教育学部は必修の授業が多く、勉強についていくのも大変です。

 

やる気の糸が切れたのは、大学2年生の頃でした。小学校でインターンを始めたところ、担当の教師に嫌われてしまい、それが怖くてミスをしてしまい怒られるという負のループにはまり、「教員になっても職員室の人間関係が怖い。自分には向いてない」と、教師への道を諦めます。

運命を変えた同級生の母親

その頃、父親と一緒に店を切り盛りしていた母親が倒れて入院。お見舞いに行った時、父親と母親が「もし店を潰すなら、これからどうするのか考えなきゃ」と話しているのを耳にします。

 

その時は「お店がなくなるとしたら寂しい。でも、私は気が弱くて人の後をついて行くタイプだから、継ぐのは絶対無理」と思っていたそうですが、数日後、道端で同級生の母親に会ったことで、運命が動き始めます。

 

今なにしてるの? というありがちな会話からの流れで、

「お店継ぎなよ! 小学生の時にそう言ってたじゃん。いまだに、あれは良かったよねって話題になるんだよ」

と言われて、榊さんは驚きます。なんの記憶もなかったのです。

 

すぐに帰宅して、小学校の卒業式の時に撮ったビデオを見返すと、

「お父さんとお母さんがやっている仕事を、私もやりたい。それで楽させてあげたい」

とまっすぐな瞳で話している自分がいました。教師になるのを諦めてから大学にも行かなくなり、ダラダラとアルバイトをしていた榊さんのなかに、忘れていた想いが蘇ります。

 

その日の夜、両親に「学校を辞めて、私が店を継ぐ」と宣言。両親からは「大変だから、やめたほうがいい」と止められたそうですが、19歳の7月、大学に退学届けを出しました。

1日に1個も売れなかった葛ゼリー

ただ、いきなり家業に就いても戦力にならないと自覚していた榊さんは、アルバイト先のアパレル会社に就職。2年間、社会人として生活をした後の2016年3月、「をかの」に入社します。

 

まずは仕事を覚えようと店頭で和菓子を売っていた榊さんが目を付けたのは、葛ゼリー。「1日に1個も売れない日がざらにある」という不人気ぶりで、両親に「売れないから、やめない?」と提案しました。すると、病気から回復し、お店に戻っていた母が

「おいしいんだけどね。あんただって、ゼリー好きだったじゃん」

と言いました。

「いや、私が好きだったのは凍らせたゼリーだよ」

と答えた瞬間、ハッとしました。

 

近所のコンビニでバイトをしていた時、アイスの賞味期限が想像より長くて驚いた記憶がよみがえったのです。すぐに、取引のある葛の問屋に電話をして

「葛ゼリーを凍らせたらどうなりますか?」

と尋ねると、

「葛アイスという商品もありますよ」と教えてくれました。

タイミングがいいことに、1週間後、地元でお祭りがありました。そこで葛アイスを作ってテスト販売しようということに。当日、職人でもある父親が試作したアイスに「葛きゃんでぃ」と名付けて売ったら、2日間で1000本売れました。ふたりはすぐに「葛きゃんでぃ」の商品化を決定。包み紙などのデザインは、榊さんが担当しました。

 

「当時、和菓子ってかわいいデザインのものがなかったんですよね。それで、自分が欲しいと思うものを売ったらいいだろうと考えました」

オンラインショップをオープン

お祭りでは大人気だった「葛きゃんでぃ」。しかし、店頭で売り始めると、お店に来てくれた人しか気づかないので、「ちょこちょこ売れる」程度の時期が2年ほど続きました。

 

追い風が吹いたのは、2018年9月。テレビ番組『所さんお届けモノです』で紹介されたのです。事前に放送日を知らされていたので、視聴者が購入できるよう、榊さんは「をかの」のネットショップを事前に立ち上げていました。

 

当日、番組が放送されるとアクセスが殺到してサーバーダウンしてしまったのですが、それでも電話や店頭で受け付けした分も含めて、1週間で500件ほどの注文を受けました。この時、榊さんはサーバーダウンで多くの注文を逃してしまったことを反省しつつ、「インターネットでうちの和菓子を買ってくれる人がいる!」という手応えも得たそうです。

それからしばらく時が流れ、新型コロナウイルスのパンデミックが始まると、お店の売り上げがガクンと落ちました。「なんとかしなきゃ!」と慌て始めた時、知人から「BASE(ベイス)を使ってみたら?」と言われたことを思い出します。

 

BASEは、無料でネットショップを開設できるサービス。「をかの」のネットショップはあったものの、簡易な作りのせいでサーバーダウンして商機を逃していたこともあり、榊さんは改めてBASEでネットショップを立ち上げました。

 

試しに、「をかの」の商品のなかでも榊さんが一押しのいちご大福を購入できるように設定し、自身のSNSで告知したところ、3日間で200件の注文が入りました。

「もうやめたい」と思った日

溶けないアイスとして評判に 写真提供=五穀祭菓をかの

上々な滑り出しを喜んでいたところに、再び『所さんお届けモノです』のスタッフから連絡がありました。コロナ禍で取材に行けないので、「お取り寄せもできる中山道の新名物ベスト5」というコーナーで、もう一度、「葛きゃんでぃ」を取り上げたいという話でした。

 

快諾して迎えた2020年4月26日の放送日、自宅で父母と番組を観ていた榊さんは仰天します。ランキング形式の構成で、まさかの1位。その瞬間から店の電話が鳴りやまず、ネットショップにもアクセスが殺到し、1日も経たないうちに2500件の注文が入りました。

 

それだけの量の注文を一度に受けたことなどなく、お店は大混乱に陥ります。店舗の商品を切らすわけにはいかないため、職人は普段の業務と並行して膨大な葛きゃんでぃを作ることになり、店のスタッフも配送作業に追われました。その過程でミスが続発し、苦情のメールや電話が止まらくなってしまったのです。榊さん個人も知人からひどい罵声を浴びせられ、SNSで誹謗ひぼう中傷に晒されて、「気づいたら涙が出ている」といううつ状態になってしまいました。

 

「もうやめたい」

と追い詰められた榊さんを救ったのは、葛粉の問屋の一言でした。

 

「テレビで『をかの』の葛アイスが注目されたおかげで、いろいろなお店で作るようになったんです。コロナで注文がなくなってどうしようと思ってたけど、これで命がつながりました」

 

この言葉を聞いた瞬間、榊さんの胸のうちがスッと軽くなり、初めて報われた気がしました。

 

「私のせいでたくさんの人を傷つけたと思ってたけど、救われた人もいるんだ。よかった……」

ようやく前向きな気持ちがよみがえった榊さんは、決心します。

 

「よく考えたら、コロナ禍でこんなに売れるのってめちゃいいことじゃん。今回、悲しいことになったのは私の力不足だから、次に同じようなことがあったら、みんなで笑えるようにしよう」

プライベートブランド「萌え木」を立ち上げ

冷静に考えれば誰のせいでもないのですが、葛きゃんでぃの生みの親として責任を感じた榊さんはそれまで以上に熱心に働き、既存の商品の価格を見直し、見せ方を変えて売り上げを伸ばしながら、新商品を開発していきました。

 

『所さんお届けモノです』で3度目の登場となる2022年3月27日、榊さんは渋谷スクランブルスクエアでポップアップ出展していました。屋号は「をかの」ではなく、「萌え木」。「和菓子の間口を広げる役になろう」と、昨秋にプライベートブランドを立ち上げたのです。

 

僕がポップアップを訪ねたのは、前日の3月26日。そこでは小ぶりな一口サイズで、カラフルなマーブル模様がきれいな羊羹、和三盆をたっぷりと使用したクッキー、そして、「をかの」の人気商品、いちご大福が売っていました。独立したわけではなく、「をかの」の6代目として女将を務めながら、若者にターゲットを据えた「萌え木」を展開するそうです。

 

その時、「明日、またテレビで取り上げられるんです」と言うので、「今度は大丈夫ですか?」と尋ねたら、「準備してきましたから!」ととびきりの笑顔を見せてくれました。

 

ちなみに、テレビの効果は凄まじく、葛きゃんでぃが最優秀お届けモノ賞を受賞すると放送から1時間で1000本の注文が入ったそうです。でもきっと、今回はみんなこの爆売れを喜び、笑顔で葛きゃんでぃを作っていることでしょう。

 

葛きゃんでぃはオンラインショップで購入できますが、時間に余裕があれば桶川の本店を訪問するのがお勧めです。オンラインショップで売っていないおいしそうな商品がたくさんあるんです。本店で和菓子を購入したら、城山公園の桜や篠津の桜堤などを訪ねて、桜を眺めながら職人手作りの和菓子をパクっと一口。ああ、想像したらもう一度、桶川に行きたくなりました。

 

稀人ハンターの旅はまだまだ続く――。

ACCESS

五穀祭菓 をかの

埼玉県桶川市南1-6-6

http://www.wokano.jp/

 

 

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  • この記事を書いた人

川内 イオ

1979年、千葉生まれ。ジャンルを問わず「規格外の稀な人」を追う稀人ハンター。新卒で入社した広告代理店を9ヶ月で退職し、03年よりフリーライターに。06年、バルセロナに移住し、ライターをしながらラテンの生活に浸る。10年に帰国後、2誌の編集部を経て再びフリーランスに。現在は稀人ハンターとして多数のメディアに寄稿するほか、イベント企画も手掛ける。 『農業新時代 ネクストファーマーズの挑戦 (文春新書)』 『BREAK!「今」を突き破る仕事論(双葉社)』等、著書多数。 ホームページ:http://iokawauchi.com/

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